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不快事象があっても何とかやってゆける。と仕事で思う。

 11/6/29のブログにも書かれていますが、最近になって、やはり不快事象の受容(というか自分は受け流す、関心を持たないといったニュアンスの方がぴったり来る。)が良く出来るようになると、うつ病の治る治らないはあまり自分にとっては関心が無いことになってきました。

 入院して2週間、落ち着いて来てからはずっと薬物療法とマインドフルネスを実践していました。今週は病院から職場に通いました。今日で自分の仕事納めでもありました。明日退院します。1週間で退院しても良かったのですが、薬物療法も再開した事だし、何か不快事象が起こった時に受容が出来ない場合、ベッドがあるのは助かると思ったからです。

 私にとって、他人からみれば、本当に細かい事、どうでも良いと思われる様な事でも、小さな小さな不快事象になることがあります。
 
 不快事象は主観的なので私が不快だと思っていても、その事象について他人は全く思っていない事も多々あります。
 
 私の場合、例えば、「この歳になって、未だに容姿にコンプレックスがあって鏡でチラチラ見ることがある。(見ても見なくても変わらないのに)。」「床屋の次の日に出勤するのが何となく気が重い気がする。」「職場でのコミュニケーション、伺いを立てるときの相手の表情が気になる。顔色を気にする。」「挨拶を自分からするかどうか迷う。」「些細な事で怒りの感情が涌く(これは薬物療法でもかなり抑えられる)。」「朝、起きたときの気分が悪い。」などなどです。一般的にはこれらの不快事象は精神科医が対処する問題なのか?と思うかも知れません。

 そんな時に呼吸法と自己洞察をして「その小さな不快事象を感じているんだな。」と自分を観察します。観察しながら呼吸法をしていると、たいていの事柄で起きる心の動揺は1分くらいで小さくなってゆきます。そうして、いまの自分のやるべき事をやろう、合目的行動を起こそうと言う気持ちで、次の事に目を向けてやり出すと不快事象があっても何とか次にやるべき事をやることができます。不快事象が完全消滅しなくてもそれを感じながらでも物事を進めることができます。

 仕事において、うつ病者(私の場合)は、コツコツ物事をこなす事は比較的得意ですが、環境の変化に弱く、何か自分に想定外のことが起こると柔軟に対応出来ずに悩みが深くなっていってしまう事があります。そんな時にどう対応するかということについては、以前に比べるとかなり智慧なるものが涌くようになって来たように思います。「どうしたら、この状況を打開出来るか?優先順位はつけることができるか?」など静かに呼吸しながら自分の心の中で問いかけます。
 
 また、自分でいうのもなんですが、過剰に他者配慮的であり、自己犠牲的であることがあります。まず、自分がしっかりしていなければ他者配慮など出来ません。
私の場合、自分のことをまずしっかりやる。精神的に自立する。事が大事です。いざと言う時に助けを求めることができるのも大事な事です。

 過去は消え、未来は来ていない。
 「死生命あり、富貴天に在り」「一日一生」「人間万事塞翁が馬」
 今一瞬を生きようと思います。
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過去未来、そして現在

 「あの時ああすれば良かったと後悔する、あの場面を思い出すと怖い、不安になる。」等の思考で過去を思い出す。「明日、◯◯があって不安だ、◯◯があるから不安だ。怒られるんじゃないか?絶対に上手くいくはずが無い・・・」等の思考で未来を予期します。 
 
 過去や未来の事は思い出す事によってネガティブな感情を引き起こします。楽しい未来のこと(旅行に行く、友達と会う等)を思うとワクワクしたり等ポジティブな感情を引き起こします。
 
 しかしながら、過去や未来の事を思う、そう思うのは今ここ現在の自分の作用で、今ここ現在に過去や未来のことがリアルに起こって、今まさに体験しているのではありません。現在の過去未来を思い出す思考によって感情、気分が起こります。

 それらに圧倒されてしまうと、ネガティブな2次的3次的な感情を引き起こし、それらが不快な気分を引き起こし、思考の連鎖にはまってしまいます。
 
 そうではなくて、過去や未来の出来事を今ここ現在の自分が思い出す、つまり思い出す作用のみがリアルです。過去や未来が今ここ現在に実在しているのではありません(よく考えると当たり前ですが・・・)私たちは一瞬一瞬現在の連続で生きており、過去や未来の中で生きているのではありません。

 だから、自分の人生の価値、願いは何なのか?という事をよく考えてそれに沿った行動を決意して行うことが大切だと思います。
  
 何度も同じことを言うのですが、後悔しても心配してもその種は過去未来ですが、後悔してる、心配してるその作用は今ここ現在の作用で、過去や未来のことが今ここで実際に起こっている訳ではありません。
 
 吐く息を長くしながら、後悔や心配、不安の作用を自覚しながら、「今やるべき事」を行う。「今やるべき事」を後悔心配不安を感じながらでも達成するとそれが自信に繋がり治療に貢献すると思います。そういった経験、体験を積み重ねる事がうつ病(おそらくパニック障害や不安障害も)の快復には大切です。「ああ、色々と考えは考えたりもしたけれど、やるべき事はやったじゃないか。自分の意志で行動することができた!」っていう経験体験の蓄積が大切です。こういう所は行動療法(暴露療法)に似ている気がします。

病気と公的給付制度、これからの生活

 私は現在、2つの慢性病とおつきあいをしている。
 
 1つは内因性うつ病、もう1つは潰瘍性大腸炎、更にもう1つ加えるとすれば高血圧症(これは確実に遺伝の要素があると思っている。)である。

 うつ病に関しては自立支援医療受給者証(精神通院)と精神保健福祉手帳3級を持っている。これによって、1ヶ月の医療費の支払い上限が所得に応じて決められている。
 
 潰瘍性大腸炎に関しては特定疾患(つまり難病)に指定されているので、特定疾患医療費受給者証を受けて、やはりこれも1ヶ月の医療費の支払い上限が設定されている。
 
 その他に、私の住んでいる自治体は精神保健福祉手帳を持っていると、その自治体の福祉医療受給者証が所得に応じて発行される。これは、1レセプトあたり500円を引いた額が戻ってくるという制度である。(つまり保険診療における自己負担額は最終的に1レセプト500円)

 これら3つの制度に随分と助けられている。(特に福祉医療受給者証)
 
 以前、住んでいた自治体は福祉医療受給者証を受ける条件として「精神保健福祉手帳を有する者」は含まれていなかった。

 こういった、公的な給付制度、社会保障制度、障がい者施策は非常に大切である。もし、これが無かったら、健康保険で3割負担は私の所得では重すぎる。受診抑制がかかるだろう。この制度のお陰で、病気とお付き合いしながら働けているし、そこそこ人生を楽しむことができる。有り難い事だ。

 福祉医療受給者証の制度は、今住んでる自治体の保健福祉センター福祉課の職員から教えてもらって初めて知った。こういう制度は自治体が広報等でアナウンスしないと皆知らないと思う。(意地悪な見方をすれば敢えて、知らせないと言う事か・・・自治体の財政を考えて、申請に来る者だけを対象としているみたいな・・・)明らかに知らなきゃ損である。

 もし、うつ病やその他の病で苦しみ、経済的に余裕が無い様な方は住んでいる自治体の福祉課等に使えそうな社会資源があるか相談してみると良いと思う。自発的に動かないと状況は変わらない。

 僕は団塊Jr世代であり、僕が後何年生きるかは天のみぞ知るところである。今回は国会で見送られたが、2、3年後には年金の支給開始年齢の引き上げ、物価に合わせて年金支給割合の引き下げ、また、40歳になれば介護保険料の負担が発生する、消費税は上がることも確実だろう。世帯年収は下がり、超少子高齢化が2050年頃まで続いてゆく。2050年で僕は75歳。健康で生きていれば働かなくてはならないかなあ・・・終身労働かもしれないなあ。就職先が見つかればの話だけど。今の職場で定年後、何年雇ってくれるのか分からないけど。財産という程のものはないが、娘には生活に困らないように出来るだけものを残してあげたい。

 しかし、まあ、そう悲観する事も無い。やはり、働いて体を動かしていた方が心身に良い影響を与える事は身を以て分かる。僕にリタイアは無いのかもしれない。となると、定年後のセカンドライフなんてあり得ない(と思っている)ので、僕は今から程々に人生をエンジョイしないとなんて思っている。

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うつ病における精神科医の役割と患者の役割

 現在の主治医にかかってもうすぐ20年になります。良いときも悪いときも不信感を抱いたときもありました。それでも、今の主治医を信じて来たと思います。
 
 前回の診察の時に、主治医に「他の病院(と言うより精神科クリニックの方が多いと思うが)から来た患者さんは多いですか?」と質問してみました。
 
 主治医は「他の精神科ユーザーから口コミで来るらしい」とのことで、患者にどうして転院して来たのかを聞くと、「前の主治医は話を聞いてくれないから」と言う理由が圧倒的に多いということでした。
 
 実は主治医の病院は精神科を標榜していません。
 
 初診時ならまだしも、精神科クリニックで,再診で先生が長時間話を聞いてくれる所はそうそうないと思います。そう感じている方も多いのではないでしょうか?
 
 再診時にも十分に話を聞いてくれるクリニックがあったならば、それは、経営的に余裕があるか、自由診療だと思います。後は、その精神科医のポリシーとかやり方とか、利益度外視で自分のスタイルでやっているとしか思えない。
 
 精神科クリニック(精神科に限らずどの科もそうだと思うが)は普通は沢山患者を診ないと儲からない仕組みになっている。精神科医に自分の言いたい事が言えず、精神科医側も「お変わりないみたいなので、同じ薬を出しておきますね。」で終わってしまう診察を経験された方は沢山いらっしゃると思います。
 
 しかし、話をよく聞いてくれる医者が良い精神科医かと言うとそうでもありません。主導権を医者がしっかり握って(当たり前か)患者の話から状態を見極め、困っている事に端的に断定的にアドバイス出来る事(薬物療法であれば、薬の作用、副作用の説明。また、行動療法なら生活習慣の指導、社会復帰の時期の見極め等を話すこと。)が私が考える良い精神科医の条件だと思います。

 患者にも大事な役割があります。それは、医師のアドバイスを受けて自分が行動を起こせるか否かということです。四六時中、医者が傍らにいてくれる訳ではないし、それは医師の務めではなく自分の務めです。いつまでも医者に寄りかかっていてはいけません。

 また、医者との相性と言うのもあると思います。「この先生は何となく自分に合ってる気がする。」「何となく話しやすくていい」とか。そういう雰囲気を醸し出している先生に出会えると良いですね。しかしながら、その先生が本当に疾患を治癒させることができるかどうかはまた別問題です。相性がいいから話しやすいから何かといえば受診すると言うのでは依存的であると思います。精神科医は人生のよろず相談所ではないし、自分1人の専属医ではありません。
 精神科医が患者の様々な問題に対してどこまで介入するのか?そのバランス、距離感が難しい問題ですね。精神科医が薬物療法以外に環境要因や個別の問題(支えてくれる家族、家族の精神疾患に対する理解度、経済的困窮。職場の理解、1人で生活していて孤独感に苛まれている、社会的に差別されている等)にどこまで対応するのでしょうか?精神保健福祉士や臨床心理士がある程度役割分担をしなければいけないと思います。
 
 話は少し脱線しますが、私は昔、ドクターショッピングを繰り返していた時期があり、色んな精神科医と出会いました。

 その内の1人でパキシル(抗うつ薬の1つ)ばかりを出す医者がいました。そこクリニックを受診し、うつの症状を訴えると必ずパキシル(SSRI、抗うつ薬の1つ)を出されます。何がどうあろうとうつにはパキシル一本槍。ある日、その医者がふと「だって(患者さんを沢山見て、薬を出さないと)ペイ出来ないんだから。」と言ったのを聞いて、医者を変えようと思いました。患者を多くみて、パキシルだけ処方し、再診で回すように僕には見えました。

 僭越ながら、そこに精神科医としての懐の深さも無く、精神科医療の奥深さのかけらもありませんでした。そのクリニックはいわばパキシル薬局、パキシル医者状態で、極端なことを言えば僕でも代わりが出来ます。私には精神科医にはみえませんでした。幸運にもパキシルが上手く合って、随分良くなった患者さんもいるでしょうが。

 決断不能、昏迷状態の様なうつ病の重い時ではなく、ある程度快復したら、精神科医に過剰に寄りかかるのではなく、アドバイスと投薬を受けながら自分で動き、得られた経験を大切にすべきだと思います。その1つがマインドフルネス心理療法でした。誰かの押しつけではなく、自分が行動した事によって経験が蓄積され、思わぬ収穫もあるかも知れません。

 「案ずるより産むが易し」です。

うつ病の増悪について

 色々とあったのですが、イライラといいますか、怒りの過敏状態といいますか、箸が転がっても怒る(造語)ような状態になり、月曜日(19日)の出勤時にそんな自分が悔しくて、自分なりに努力して来たのになあ等と言う思いもこみ上げたりで、悔し泣きを朝からしてしまった。その日は出勤時間までに精神状態を整えることができず、結局、欠勤して主治医緊急受診と相成った。
色々な伏線はあった。 何がストレスになったか分からないのだが、自分にとって色々な出来事が最近あった。

①身の丈に合った住宅を購入、ご近所さんに迷惑にならないように庭木を手入れしなければならない、しかし、切るものが無い・・・それだけで過剰にイライラしたり、伸びた木が気になったりする。そのときはやけに細部にまで気になった。後は近隣の方々にご挨拶回り。
②養育費減額調停での話し合い。離婚調停以来、人生で2回目の裁判所出頭・・・
③潰瘍性大腸炎での血便がここ1ヶ月半以上続いたこと。これは、血液検査的に何とも無くても、毎回トイレの中が血で真っ赤になるのをみると凹むし、不安にもなります。
④鼻風邪が長引く・・・これは軽微なものですが、何か潰瘍性大腸炎とリンクしていたのでしょうか?
⑤子供がしょっちゅう愚図り出すようになり(これが魔の2歳時の始まりってこと?)言う事を聞かなかったりすぐ泣きわめいたりするのでイライラする。(普段はそんなにイライラせず、穏やかな気持ちでいられるのに。)
⑥仕事において症例検討を引き受けた事(これは別に引き受けなくても良かったがあえてやってみようとその時は(ここ大事)思った。)

 今は家では子供がいて静かに休息するのは難しい。なので、レスパイト的入院を20日の再診で主治医に頼んだ。
 今回①~⑥まで、うつ増悪の刺激源になったと思われるものを挙げたが、どれか1つ決定的に引き金を引いたと言う訳ではないように思う。

 上記に挙げた他にも色々なストレスがあって、それを上手にマインドフル(造語)に処理出来なかったのだと思う。

 今回は、今までこれだけ一生懸命やって来ても何故これほどまでに憎悪するのかと言うことを考えてしまい、それを考えているうちに悔しいやら怒りやらで、家のファンヒーターを拳でつぶしてしまった。(衝動的欲求に基づく行為)その後になって、凹んだファンヒーターが故障せずに運転するのをみて、後悔の念や落ち込みが湧いて来た。(後続結果の推測が出来ていない)今回は自分の身に起きる不快事象を気づいて、自分の価値・願いを思い起こして、それに合致した行動選択が出来なかった。まだまだ未熟者。一時の感情に任せて行動するのは従来のパターン(うつ病が増悪してゆくパターン)である。まだまだ、マインドフルネス心理療法のスキルが身に付いていない、習慣化されていない証拠だ。

 平井孝男先生の「うつ病治療のポイント~長期化とその対策」にも書かれていたと思うが、うつ病が再発(増悪)したらそれを「治療的に利用」しなければならないと思う。悪化した、じゃあ今度からはどう対応するべきか予め対策を立てる必要があります。どのようにすれば、そこまで悪化せずに済むかを自分で考えなければありません。「何で自分はこんな事で落ち込むんだろう?」とか、「自分が弱いからいけないんだ」とか答えのでない原因詮索や自己の過小評価でなく、憎悪の兆候をいち早く察知し、自分の目標を強く意識しながら、無評価で観察し、そのまま呼吸法を続けながら、行動を起こすか、休息するか、行動選択をしなければいけない。今回のレスパイト的入院も行動選択の結果であるが、出来れば、入院する程悪化する前に何とかしたい。早期発見早期治療は癌やら他の病気と一緒です。いわば心の人間ドックを自分でやるのです。それが自己洞察だと思います。

 自分の過去の出来事から原因を探したり、弱さを嘆いたりするのは治療的でない。そうではなく、それらをひっくるめて呼吸をしながら自己洞察を入れて、自分を信頼し、自分の願い(健康で出来るだけ長く働き、家庭を養う)の方向の行動を選択していかないといけない。

 主治医は「おだやか君が1ヶ月程前から落ちて来ているのは感じていたよ。(じゃあ、何で1ヶ月前に指摘して、何かしらアドバイスなり薬の服用を言ってくれなかったんだろうっていう疑問があるけど・・・そろそろ自分で気が付けよってことなのか?学習しろよってことなのか?)」とお話しされた。 そして、「おだやか君のうつ病が増悪する際には必ず軽微な兆候があるので、自覚するに越したことはないが、自覚出来ない事もあるので、一番近くにいる奥さんにそういった軽微な変化、何となくいつもと違う感じを言葉で指摘してもらうのが良い」と言う。例えばその軽微な兆候とは、仕事における愚痴が多くなる、他者不信感をあらわにする、家庭でも文句が多くなる、些細な事でイライラ若しくは落ち込む、ヘアスタイルや容姿,服装に関して過剰に気にする、過去を振り返っている、うつの原因詮索をしている、相手の言葉や表情、音に関して過剰に反応する(妻との会話や表情、子供の泣き声、だだをこねたときの怒る)等。後は自分が話しかけてるのに無視されたように感じることがある(多くの場合それは事実ではない。)これは自分で洞察して気づくしか無い。

 しかし、その軽微な変化を自覚して受診するにしても月・火・土の午前しか外来やってないしなあ、じゃあ、他の曜日に増悪したらどうしようか?若しくは今の主治医がいなくなってしまったらどうしようか?レスパイトできなくなってしまう。自宅で何とかリカバーするしかない。今回も近隣の精神科病院に電話をしてみたが、1カ所はどうも満床らしい。もう1カ所はその病院の医師が診察してからでないと入院が出来ないと言う(当たり前と言えば当たり前だが)。殆どのクリニックは予約制でしかも紹介状が必要、ベッドを持つ病院でもすぐに紹介状無しでレスパイト入院出来る所等殆どないのではないか?駆け込み受診出来る所が少ないのではないか?

 でも,上記は明らかに予期不安だから、増悪したとき考えよう。その時に判断すれば良いことだ。今は今やるべき事をやろう。(今ここ現在の自覚)

 今回、主治医から、やはり抗うつ薬を維持量毎日飲むようにした方が良いと言う提案をされた。嫌だと言えば嘘になるが、これもまた、今回の様な増悪まで陥らなくて済むように主治医が提案してくれたのだから飲む事にしようと思う。抗うつ薬を飲む事で自分の目標に向けた行動の助けになるとしたらそれはそれで良いことだと思う。それもOKとしよう。

 今回は、1週間以内にリカバー出来たのでよしとしよう。有休は大分減るけど(笑)。

 主治医も指摘したが、今の自分は、自分は妻に支えられ、職場の理解もあって働けるし、主治医がしっかり診てくれて、必要とあらば入院もさせてくれるし、マインドフルネス心理療法の考え方も身につけた(まだ発展途上中)し、自分は恵まれていると思う。

 しかし、これもまた、自分で行動しなければ何も変化が起こらない訳で、ただ自分だけの世界に閉じこもって悶々とするのではなく、治したいという願いを持ってその方向に物事が行くように決意して行動を起こした結果だと思う。自分から行動すると世界が変わるとはこの事か。(少し大げさ)
 
 うつ病を治したいと思うならば、自分で思考判断して、とりあえず何かしらの行動を起こしていかないといけないと思う。自発的に行動が起こせない人は家族等自分の状況をよく知っていて理解を示してくれる人に援助を求めながら一緒に行動してゆかないといけないと思う。

 普段から、自分の病気について理解を示してくれそうな人を1人でも多く作っておく事が大切だ。
 
 しかし、皆が皆、この疾患に関して理解を示してくれるとも限らず、難しいところだが、それでもなお、援助を求めて行動してゆかねば道は開けない。

 繰り返しでしつこいが、うつ病に限らずどんな病気でもそうだが、治す(今よりも良い状態にする)にはどう行動していくのが良いか常に判断し、行動を起こしてゆかないといけないと思う。

 そしてその行動の結果を評価判断しない。行動した自分をそのまま肯定してあげるべきだ。

 そうやってまた次の一手を考えてゆく。

 う~ん、自分、成長したなあと自画自賛。しかしながらまだまだマインドフルネスが身に付いていな。油断禁物にてまた、頑張って日々課題をこなしてゆこうと思う。

うつ病と労働

うつ病だからといって、働けない訳じゃない。むしろ働きたいと思ってる患者は多いと思う。社会が追いついてないだけだ。自分で働いて、自立して生活出来る喜びを1人でも多くの患者が持てる様な環境になればいいと思う。無い物ねだりをしても仕方が無いので「今」自分のすべき事をするだけ。
プロフィール

おだやか

Author:おだやか
 双極性障害Ⅱ型、社交不安障害、高機能自閉スペクトラム症との共生の記録。

 SIMTと社交不安障害に対する認知行動療法を実践しています。

 自分の回復と生活を妨げない程度に更新予定につき、ご了承ください。
 

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