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不快なことを受け入れる

 今年の夏は去年に引き続き猛暑の予感がします。

 と、いうよりも温暖化、気象変動が確実に進行していることを肌で実感するのです。

 節電も心がけねばなりません。

 僕が子供の頃はクーラーなるものの存在すら知りませんでした。
「夜は冷えるから窓を閉めて寝なさい。」と真夏に親から言われたものです。

 夏の暑さを始め、どんな人にも程度の差はあれ、「不快なこと」が存在します。

 僕の場合をざっと挙げてみます。

 夏の暑さ、沸き上がる怒り、職場で嫌でも聞こえて来る愚痴諸々、自分のやりたいことが子供に中断される、子供に色んなものを破壊される(笑)、時間に間に合わないと焦る、気分が優れない、呼吸法をこなすのが辛い、夏バテだ、蚊に刺された、お金が無くて欲しいものが変えない等々・・・

 まあ、キリがありません(笑)

 不快なことが起きたら、まず、呼吸法をしながら、観察です。そして、その事象に名前を付けます。「暑い」「怒り」「愚痴」とかですね。

 そいでもって、それをしばらく、自己で見つめてみるんです。

 そいでもって、衝動的な紛らし行動に走らずに、「自分の目標実現のためにどう動こうか?」って考えます。それで、自分の意志で「よし動くぞ!」って決めて、実際に動いてみます。

 そいでもって、結果を吟味し、次へ生かします。
 後悔、否定の感情は起こしません。
 起こしたら、「後悔」「否定」の名前を付けて、短時間呼吸法をして、見つめて捨てます。

 僕は「結果の知識」を重要視しています。大学で「knowledge of result(KOR)」って習った気がします。(自分で作った言葉かもしれない。。。)

 書物の知識は行動に移し、得た結果を本当の知識とすべきだと思います。
「実践こそ全て」です。

 間違えてはならないのが「我慢」と「受容」の違いです。
「我慢」は、不快事象をひたすら耐えることですね。
「受容」は、不快事象に対して、自分の意志で建設的行動に移すことを言うと思います。

 「薬を飲む。」「その場を離れる。」「休む。」「諦める。」これらも、自分の自由意志で決意して、行動したならば、立派な「受容」だと言えると思います。問題は、それらを自分の意志で決意して行動したか?ということです。

 結果の知識を生かして、今を生きてゆけば良いんだと思います。

 まあ、言うは易し、行うはきよし。もとい、難し。といったところで、それすらも受け入れて、日々継続して実践してゆくことが最重要です。

 僕は、今、セッション7を勉強し終えたところです。


 僕の目標は病気を軽くして、8時間働いて家族を守ること。

 僕の幸せは心の平穏。
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僕のコンプレックスとうつ病

 僕は頭が大きくおでこが広い面長である。しかも、あごがいわゆる「しゃくれ」だ。市販の帽子はキツい。多分、頭囲は60cm位だと思う。

 中学校位からそのことで、からかわれることがしばしばあり、自分でも自覚するようになった。そのコンプレックスを勉強で昇華(ごまかす)するような思春期を送ってきた。

 高校では如何に頭が小さく見えるか真剣に悩み、水泳帽を頭にかぶって、髪型を和田アキ子ちっく(笑)にして、通った。制服ではなかったので、服装もなるべく目立たない地味なものを選んだ。ある日、床屋に行った次の日にその髪型のことでクラスメートにからかわれ、パニックになって、担任に「具合が悪い」といって早退したこともある。
 
 東京での予備校時代も勉強に明け暮れていたのだが、前の席に座っていると頭の大きさのことを誰かが言ってるんじゃないかとか、床屋に行くと頭の大きい人だと思っているんじゃないかとか、とにかくそこに執着しながら、勉強していた。

 そのうちに、元々の内向的性格にそういった執着によるストレス、睡眠不足などが重なってうつ病発症となった(と思う)。
 
 今でも、床屋に行くのが嫌だし、床屋の次の日の職場の皆の反応や鏡が異常に気になる。しかし、100%職場での反応はない。いつも、取り越し苦労で自意識過剰なのだ。御歳37にもなって、何故、こんなことを気にするのか、自分も嫌になってくるのだが。

 僕が時々、拝読している「神経質礼賛」という、神経質を自認する「四分休符」先生のブログにも酬形恐怖的患者さんに「もっと悩み甲斐のあることを悩みなさい。」とアドバイスされるくだりがあるが、頭ではつくづくそうだよなあって思う。しかし、体が反応してしまう。自動思考だ。

 今日は床屋に行った次の日の出勤日の朝にこのブログを書いている。気にはなるが、自動思考は沸き上がるだろうが、勝手な妄想を起こすだろうが、騒がず、そのままに、自分を見つめて仕事をしようと思う。
 
 万が一にでも、他人から何か言われたら、その内容に振り回されずに、その聴覚や身体感覚と言った作用を、心の鏡に映しながら静かに吐く息を長くして仕事を続けようと思う。マインドフルネス的にはこんな心づもりでいる。森田療法で言うところの「恐怖突入」である。

 こんなことを床屋に行く度に気にしている。あ~~~恥ずかしい!!情けない男だ!!ワハハ!!自分を笑ってしまえ。
 
 いっそ、「おだやかさんって頭でかいし、おでこ広いし、顔長いですねえ!」って笑われてしまえば良いと思う。その時に「そうだね~、頭でかいんだよ。」って苦笑いでもすれば、このくだらない問題は少しでも片付くのかもしれない。

 思春期に読んだ、芥川龍之介の鼻という小説を思い出します。

 あ~恥ずかし。(苦笑)

 でも、僕は幸せだ。幸せということで間違いない(長井秀和風に)。
 
 古い・・・

 僕の目標は病気を軽くして、8時間働いて家族を守ること。
 
 僕の幸せは心の平穏。

 

欠勤 、幸せのかたち、 生きるよすが

ここ数日は、自分でも本当に良く頑張って来たと思う。
毎日、朝の気分の悪さを寝ながら呼吸法で落ち着けて、気分が悪いことを自覚しながらも、体を動かせば、何とか頭が回る状態なので、やって来れた。
波は来ていたのは自覚していたが、凌げていた。

今朝はうまくいかなかった。

寝ながら呼吸法を40分した。
悪い気分に呑み込まれる前に身支度や朝ご飯を食べる等、積極的に動いた。
しかし、心は落ち着いたと思ったら、また騒ぎだす。

僕が欠勤あるいは早退、遅刻の基準にしているのは、普段容易く決められることができなくなった時だ。

こういう時は休むことにしている。
その方が、後で長引かない。

それでも、出勤時間ギリギリまで悩んで(というか判断出来ない、決められない、頭が回らない、何と表現したら良いか・・・)全て支度までして、椅子に座って、「うーん・・・」とため息をついた。

それを見ていた妻が「今日は休んだら?」と言った。
「会社に行きたくないけど無理して行くぞっ!って顔になってる。こういう顔の時は休んだ方が良い。」と。

結局、その言葉で踏ん切りがついて会社に休む旨を伝えた。

何か、胸のつかえがとれた。

少しでも何かしようと思って、コーヒーを2人分入れて、妻と暫く話をした。

久々に、普段しない社会学談義をした。
良い時間だった。

僕たちの両親はいわゆる団塊の世代。
高度経済成長の勢いに乗って、働けば働く程、収入は右肩上がりだった。
出世という考えが毛頭ない親父だが定年まで勤め上げて、相応の退職金も支給され、さらに今は、市の嘱託職員である。
お袋はずっと正社員で働いて来たが、親父との結婚を機に、パートに切り替え、今でも働き続けている。というか、雇用があるのだ(謎)
妻の実家は自営業。家族で小さな会社を経営していて、両親ともに今も仕事をしている。

どちらの家庭も、年に何回か国内、海外と旅行を満喫している。

「こんなに働いていたら、人生が終わっちゃう、楽しまなきゃ。」とお袋はぼやくが、僕から見ると、随分と人生を楽しんでいるように見える。

「そりゃ、そうでしょ、今まで貴方のことで散々苦労して来たんだから。」と突っ込まれそうだ。

我々の両親は、リタイアした先に健康な身体でゆとりの時間がある。豊かさを満喫する時間がある。少なくとも物質的に。精神的にもそうかもしれない。それは、個々の考え方や信念、価値観による。

何時の時代も働き続けるということは大変なことだが、団塊の世代は苦労した分だけ報われるものがあった。労働の対価としての見合うだけの報酬があった。それがまた、生活を豊かにし、もっと物質的に豊かになりたいと、働くモチベーションになる。日産スカイラインを買った。土地を購入して、マイホームを手に入れた。2人の子供たちにそれぞれが希望する教育を与えてくれた。

今の自分たちには考えられない。

僕は生きるために仕事をしている。
働かないと生きてゆけない。
これがきっと老後まで続くのだろう。

妻は「何かね、こうやって日々の日常に追われて、働いて働いて、それで、寿命が尽きてなんて・・・一体、何のために生きてるんだろうってね・・・泣けて来ちゃう。」といって涙を流した。

団塊Jrが生きる時代は、まさしく、生きるために働かなくてはいけない時代だ。

私たちの娘、すなわち、団塊JrJrの時代はどうなっているんだろう・・・

話は逸れるが、僕は真っ直ぐな性格をしていると思う。妻も真っ直ぐな性格だ。世渡りが下手だ。人にこびへつらったり、演じたり、そう言うの全く出来ない。
でも、娘にも真っ直ぐ育ってもらいたい。
愚直なまでに真っ直ぐで良い。
それで、生きづらさを感じても、それを受け入れて、自己評価を相応に持って生きていって欲しいと思う。

閑話休題。

こんな時代に追い討ちをかけるかのような天災に人災。
頑張れ日本!頑張れ東北!とか・・・

僕らはもう頑張ってると思う。
これ以上頑張れというのは、少なくとも僕には無理だ。


大切なのはこの時代に適応するように考え方をチューニングすることだと思う。
僕はうつ病を患ったお陰にその考え方のスキルを手に入れた。

心の平穏を自分の幸せの基準に据える。

「はちみつさん」も書いているが、これからの日本を生きるにはマインドフルネスは有用な考え方のスキルだと思う。

僕はリタイアした時が寿命くらいに考えている。
妻はそれを「悲しい」というが、僕は今ではそうは思っていない。

ただ、この時代の日本を生き抜くということだけだ。

惨めとか悲しいとか言う感情はもう忘れてしまった。

今が幸せだと思えるから良いのだ。

過去に色んなことがあった、未来も色んなことがあるだろう。
でも、今が幸せだから、今を生きていれば未来もきっと幸せなのだ。
心さえ平穏であればそれで良い。

そうやって、明日からまた頑張ってゆくんだ。

僕は幸せだ。

午後は散歩にでも行こうかな。

僕の目標は病気を軽くして、8時間働いて家族を守ること。
 
僕の幸せは心の平穏。

薬が悪さをしている??

 最近、マインドフルネスの課題はそれほどサボっていない。

 なので、抑うつ気分を感じることはない。

 そのかわり、いわゆる「自意識過剰君」が結構気になる。
 恐怖症で言うところの視線恐怖みたいなもんだ。
 あるいは、社交不安障害的な・・・まあ、病名は何でも良い。

 全て、自分が作り出す妄想に過ぎない。分かっていても、体が勝手に反応してしまう。
 呼吸法が間に合ってない。
 しかし、この症状も一過性のものであることも事実であり、永遠には続かない。
 だから、もっと、この妄想を自己洞察で捕まえて何度も捨てていけば良いとは思う。

 とにかく、抑うつよりも、過敏性、不安感、動悸が以前より主体になって来ている。

 僕の直感では状態が良くなって来ているので、薬効が悪さをしだしたのではないかと思う。つまり、薬が多いのではないか?

 <現在の服薬状況>

 朝 ルボックス25 ジェイゾロフト25
 昼 ルボックス25 ジェイゾロフト25
 夕 ルボックス25 ジェイゾロフト25
 寝る前 ルボックス25 ジェイゾロフト25
 頓服 ランドセン0.5*3Tまで(不安時)
    ミケラン5(動悸時)

 ちなみに何で、SSRI2剤併用なのかは謎。

 僕はどちらかというと、薬物に対しては反応が鈍い方だ。(薬物過鈍性(造語))

 ルボックスに対しては特にそうだった。max300まで飲んでもあまりピンと来なかったという感じだった。セロトニン一杯でアパシー的にはなったが。

 離脱症状はパキシルが有名だが、僕は飲んだことがないので分からない。
 
 ゾロフトは前に25しか飲んだことがなくて途中で動悸が激しくなって止めたことがある。こいつが何か悪さしてるんじゃないかって思うのだ。

 今度、主治医に減薬を持ちかけようと思う。

 まず、ファーストステップとして、ジェイゾロフトを漸減→ゼロへ持っていくのが目標。

 自分にとっての薬物の至適容量や種類はその時々の状態で変わるものだと思う。(少なくとも僕の場合)

 理想はマインドフルネス+ランドセンちびちびだ。

 きっと、その日が来るだろう。

 僕の目標は病気を軽くして、8時間働いて家族を守ること。
 
 僕の幸せは心の平穏。

刺激源は何時やってくるか分からない

 今朝、娘が発熱した。
 昨日、肺炎球菌ワクチン接種の後だったので、その副反応なんだろうけど。

 そのとき、何気なくツイッターを見ていたら、「急性咽頭蓋炎」の文字を目にし、気になってググってしまった。

 その病態から、予後から、色々と恐ろしい記事を読んでいるうちに、これが、刺激源となって、不安な気持ちが起きた。娘がこの病気に罹ったらどうしようと言う予期不安である。それを考えているうちに、落ち着かなくなってしまい、頭がぐるぐる思考に入ってしまった。(ぐるぐる思考は本意の思考ではないのであるが、分かりやすい表現なので)

 理想的には不安な気持ちが起きた時点で、自己洞察が入って、ラベリングしながら呼吸法といきたいところだったが、まだまだ未熟な僕は、マインドフルネスで言うところの「二次的感情」までいってしまった。

 何とも言いようのない不安な、嫌な気分になった。

 出勤まで後1時間。

 妻に出勤ぎりぎりまで部屋に篭るからと伝え、リボトリール0.5mg+ジアゼパム4mgを飲んで、自分で言うところの「寝ながら呼吸法」を開始した。
 
 こういう時はもう必死である。
 「頼む!何とか効いてくれ!呼吸法よ、頼む!!」

 最後の砦は自分がどれだけ強く願うかに掛かっていると思う。

 最後の「薬」は回復への強い「願い」なのである。

 先行刺激の確認、そこから不安な気持ちが起きた。不安な気持ちが起きた。不安な気持ちが起きた。何回も唱える。そして呼吸法をひたすら続ける。

 続けること20分。

 「よっしゃ、何とかなる。」

 部屋を出た僕は、笑みを浮かべながら「あー、危なかったあ。」と妻に言った。

 こうして、急性の反応を乗り切って、1日、仕事をすることができた。

 従来ならば、主治医ホットラインで指示を仰ぐか、緊急受診か、無理なら頓服を飲んで、逃避的睡眠に入るかだっただろう。いずれにせよ、欠勤するパターンだ。 
 
 しかも、それで、1日で治るという保証はない。
 
 今までは、それしか方法がなかったから。

 帰って来て娘が笑顔で出迎えてくれた。どうやら、副反応のようだ。
 
 私の予期不安は杞憂に終わった。(99.9%当たり前なのだが・・・その0.1%の予期不安に振り回された。娘のことだから尚更である。)杞憂で良かった。
 杞憂で苦しむなら、僕はいくらでも呼吸法で乗り越えるよ。

 呼吸法は家で起きた急性反応には確実に効く。寝れる場所があるし、静かに集中出来るから。外ではまだ確かめられない。いずれは副作用のない頓服にしたいと思うアイテムである。

 未来は今を生きることの連続で、過去は今を生きたことの連続である。
 今、この瞬間を生きることが全てなのだ。

 少々、熱く語ってしまった。

 僕の目標は病気を軽くして、8時間働いて家族を守ること。
 
 僕の幸せは心の平穏。

実践こそ全て

 おかげさまで最近では抑うつ気分というのはほとんど感じなくなって来た。しかし油断は大敵。

 自分は今まで、薬物療法で何とかしたいという気持ちが強かった。あらゆる抗うつ薬や抗不安薬を試して来たし、量もある程度は飲んだ気がする。

 マインドフルネスを知った今では、薬物療法は対症療法である。今では「飲まないよりは飲んでいた方が良いんじゃないか」くらいの感覚だ。

 もちろん、これからもいわゆる「波」はやってくるのだろう。
 
 原因が分かる波もあれば原因が分からない波もある。

 原因が分からない波は原因が分からないから、今まではどうしてやって来るんだろうということばかり考えていた。原因を探すことに躍起になって、それで悩んで、さらに具合が悪くなり行動する意欲をなくすというパターンである。
 
 マインドフルネスを学んでからは原因が分からない波が来た場合、その気分(抑うつ気分、朝の調子の悪さ、日内変動とか)は短期的にはコントロール不可能と考えて、感じたまま、騒がずに、自分の目的達成のために効果的な行動を起こすように自分を仕向けている。これは意志の力だと思う。その時は苦行に近い。そのうちに、嫌な気分は向こうから去っていくことが経験から分かって来た。

 実践から得る知識こそ実用的なのである。いくら、本に良いことが書いてあったとしても、それを実行して、自分で検証してみなければ、感動や知識は得られるかもしれないが実用的ではない。(ダイエットと一緒。)

 原因が分かる波は薬効を越えてやってくるのだろう。
 今までは、深みにはまって、薬の量を増やすか、種類を変更するか、最悪、休息入院かだった。

 マインドフルネスを学んでからは、原因となる問題に対する自分の心の処し方を練習するようになったので、大分、回復が早くなった。
 
 人生には色々な困難がある。誰かに相談することや援助を求めることはいくらでも出来るが、最終的には自分で判断して、行動選択をしてゆくしかない。
 
 呼吸法をしながら心を落ち着かせて、自分を観察する。色々なことが浮かんでくる。それを感じている自分がいる。
 
 今では呼吸法は30分以上できるようになった。30分位やらないと、精神が安定してこない。
 色々なことが浮かんで来て、その内容に振り回されないように気をつける。原因は自分の外にあるかもしれないと思っていたが、実は自分の内にあった。自分で勝手に妄想(目標達成に有害な思考)をするので、困った困ったと騒ぐので、余計に具合が悪くなる。
 
 とりあえず、今の自分の目標を達成するにはどういう行動が良いか自分で判断してやってみる。その結果をまた呼吸法をしながら検証する。そこから、何か気づくものがあるかもしれない、実用的なものが生まれるかもしれない。

 実践して効果を実感したから、今は淡々と課題に取り組む毎日である。

 僕の目標は病気を軽くして、8時間働いて家族を守ること。
 
 僕の幸せは心の平穏。

私の主治医①

 主治医とはかれこれ約20年の付き合いになる。
 
 僕と歳の差はちょうど30。私が1974年生まれ、先生が1944年生まれだから分かりやすい。
 
 先生の専門はうつ病ということらしい。(当時の教授がうつ病を専門としていたから)
 
 僕は初診の記憶がない。
 
 何故なら統合失調症の疑いで大量の向精神薬を飲まされていたから。親が見かねて強制転院させた。これが幸いした。
 
 なぜ、統合失調症の疑いって誤診されたのか?
 入院先の大学病院の教授が統合失調症の専門だったから。

 主治医曰く、「初診時のおだやか君の顔がひどい顔でね、馬のように薬を飲まされていたのよ・・・」

 何の疾患でもそうだと思うが、特にうつ病の場合、初期治療の失敗は、遷延化や過鎮静(又はその反対)、誤診の誤診(薬剤によって違った精神状態が出現し、またそれを精神科医が勘違いする)と後々の人生に様々な悪影響を及ぼす。その最たるは自殺だろう。

 まあ、しかし、人間万事塞翁が馬、誤診のお陰で今があり、マインドフルネスにも出会うことが出来たから結果オーライ。

 主治医は僕を内因性うつ病と診断し、入院させ、アナフラニール液やセルシン液を使いながら向精神薬の減薬を行った。
 
 まあ、減薬時の離脱症状の苦しみとうつ病回復期の症状といったら、ほんとにキツかった。
 希死念慮、離人感、胸内苦悶(これが一番キツかった)、色々な妄想、強迫的思考、口渇、振戦、食思不振・・・
 まあ、数え上げたらきりがない。

(いつかに続く)
プロフィール

おだやか

Author:おだやか
 双極性障害Ⅱ型、社交不安障害、高機能自閉スペクトラム症との共生の記録。

 SIMTと社交不安障害に対する認知行動療法を実践しています。

 自分の回復と生活を妨げない程度に更新予定につき、ご了承ください。
 

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