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うつ悪化(体のだるさ、何もしていないのに疲れる・・・)

 この2週間くらい前から、体を動かすのがしんどくなり、横になってばかりいた。

 とにかく、体を動かすのが疲れて疲れて仕方がない。この状態で職場に行くのはしんどいなあと思った。これがマインドフルネスだと「何か激しい運動でもしましたか?」と言うことになるんだろう。

 無理矢理、運動する方向へ自分をもっていかなきゃ行けない。だるくても体を動かす。

 これはキツい。

 結果から言うと2週間近く合ったこの症状は全く今は無い。それと共に気持ちも前向きになって、職場に通うのが楽になった。無為に寝る時間が少なくなった。

 変更した薬(エビリファイ)が効きだしたのかな?

 しかしながら、うつ悪化の1つの症状の出方として「何もしないのに疲労感、体のだるさ、無気力」と言うものが事実あるんだなと思った。症状として良くなったのだから気のせい云々等とは違うはっきりとしたものだ。

 改めて、うつの症状の多彩さを知った。
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うつなのか双極なのか・・・薬なのか元々なのか・・・

2012年も残り僅かとなりました。

今年1年は散々な年でしたが、来年はきっと良い1年になるだろうと予感がします。何だかそんな気がするのです。

僕には主治医はほぼ2人います。

1人は20の時からずっと診て来てくれたベテランの女医さん。

もう1人は今年の夏の転院入院から時々相談に乗ってもらっている僕より3歳くらい年下の男の先生。
この先生もバーンアウトして、抗うつ薬+リーマス飲んでいたが、最近はリーマスのみを飲んでいるという。
非常に敷居の低い先生だ。

僕は、結局、思春期危機を乗り越えられず、その苦悩を、精神的錯乱と言うもので表現したわけだが、大学病院では医局の伝統で分裂病、転院した今の主治医には内因性うつ病、もう1人の主治医には双極性障害と3者3様の見方をされた。

僕は、20年前の大学病院のカルテを開示請求したら、あったのでコピーをお願いして自分で見てみた。僕を分裂病の根拠としたのは、どうも、中安の初期分裂病の4主徴に当てはめたらしい・・・

当時の教授も専門が精神分裂病だった事もあるのかな。

それはともかく、僕は長年思ってた事は、僕は元々、双極性障害だったのか、それとも途中で抗うつ薬によって双極性障害のスイッチが入ってしまったのか?(後者はいうなれば薬剤性の双極性障害ですね。)

女医さんは、「抗うつ剤の飲み過ぎによってハイな状態が作り上げられ、それが気持ちいいと感じられるようになって、その状態を続けたいと思考するようになってしまった、そこが本当の自分だと思うようになってしまった。」

薬剤性の双極性障害。


もう1人の男性の主治医はあっさり、「いや、元々、双極性障害だったんですよ。」と断言された。

3環系を一定上飲み過ぎると扇動されるのはよく分かるので、女医さんは、薬の上限を今回設定した。調子が悪くてもこれ以上は飲んじゃいけないと言うこと。

それから、非定型抗精神病薬はどれも僕には食欲亢進の副作用があるので出来れば避けたい。

女医さんは抗うつ薬+リーマスで行きたいと。

男の先生は非定型(セロクエル)+リーマスで行きたいと。

しばらくしたら、主治医をまた1本化して行かなきゃならないな。

皆さんも良いお年をお迎えください。

呼吸法やっぱり大切。徐々にやっていこう。

 このところ、やり直しの課題をサボっていて、職場にも行けず、中々中途半端な日々を送っておりました。
 
 でも、今日何だか吹っ切れて、家族の為にまた頑張らなきゃって思いも出て来て、明日からまたリハビリ出勤に出て行こうと思うようにもなりました。何で吹っ切れたのかは分かりません。

 課題をサボっていて、後ろめたさみたな何だかモヤモヤしていたんですが、やはり、寝ていても良いから呼吸法だけは続けようと40分は出来ないけれども、5分でも10分でも寝ながらやっています。その他の課題は出来ていないに等しいです。

 それでも、先生はサポートを粘り強くして下さいます。本当に有り難いことです。

 呼吸法はタイトル通りなんですけど5分10分やるだけでも効果があると感じています。
 
 ただ、吐く息を長くしていると、まあ、深呼吸でも良いんですけど、腹が据わるっていうか、決断力がつく気がするのと、何故か勇気が出るような気がします。

 明日も吐く息を長くして仕事に臨みたいです。まずはリハビリ出勤(ボランティア)です。「ご迷惑をおかけしてすみませんでした。」としっかり挨拶をしてやってみようと思います。

 理解のある職場に感謝しながら。

地域で繋がる

 うつ病に限らず、どんな精神疾患でもそうであるが、増悪時に飛び込めるような医療機関があればいいと思う。今、精神科クリニックは殆ど予約制になっていて、急性増悪時に飛び込みで診てもらうことは出来ない。そういったときは薬を飲んで横になり、ひたすら次回受診まで凌ぐことになる。
 
 僕も何回も増悪しているのだが、増悪しているときは希望的観測ももてずに悶々と家の中に閉じこもる訳だが、少し体調が持ち直してくると、どこか外に繋がりを求めて行きたい気持ちになる。「リハビリの場」みたいなものが必要だと思っている。
 
 今日は仕事が休みで、兼ねてから行きたいと思っていたほたか野の花に電話をかけて許可を取って見学にいった。普段居る居場所スペースとカフェ「だもんで」(長野県の方言)を理事長さんといっしょに観に行った。カフェは就労支援事業?の申請をしているとのことだった。

 理事長さんと「おだやかさんも是非繋がって行きましょう!」と有り難いお言葉を頂いた。

 1つ居場所が増えた気がして嬉しくなった。

うつ病の増悪から脱した(と思われる)

久々の更新。

昨年11月くらいから増悪していた(と思われる)病状がようやく回復へと向かって歩み出した感じがします。

昨年末には比較的元気でマインドフルネスの課題もバリバリこなしていたような自分の記事をこのブログで掲載していましたが、その後、不安定な時期、仕事を休み、引きこもる時期等を経て、ようやくリハビリ出勤を開始することができるようになりました。

ここのところは1年ごとに再発増悪を繰り返している。

再発は嫌です、嫌なもんです。

どうしたら再発増悪を未然に防ぐことができるのでしょうか?

マインドフルネス心理療法をもう1回、1から学び直すことなのでしょう。

しかし、今は何もやっていません。
課題実行を怠っています。

もう1回やり直すところまで自分の意欲が戻ってゆくようになったら、仕事と共にもう1回学び直してゆきたいと思います。

自分としては結構課題もこなし、勉強もしていたので、もう身に付いたかなあと持ったのですが甘かったみたいです。

20年もうつ病をやっているとそう簡単に完治とはいかないみたいです。
当たり前かな。。。

うつ病の増悪について

 色々とあったのですが、イライラといいますか、怒りの過敏状態といいますか、箸が転がっても怒る(造語)ような状態になり、月曜日(19日)の出勤時にそんな自分が悔しくて、自分なりに努力して来たのになあ等と言う思いもこみ上げたりで、悔し泣きを朝からしてしまった。その日は出勤時間までに精神状態を整えることができず、結局、欠勤して主治医緊急受診と相成った。
色々な伏線はあった。 何がストレスになったか分からないのだが、自分にとって色々な出来事が最近あった。

①身の丈に合った住宅を購入、ご近所さんに迷惑にならないように庭木を手入れしなければならない、しかし、切るものが無い・・・それだけで過剰にイライラしたり、伸びた木が気になったりする。そのときはやけに細部にまで気になった。後は近隣の方々にご挨拶回り。
②養育費減額調停での話し合い。離婚調停以来、人生で2回目の裁判所出頭・・・
③潰瘍性大腸炎での血便がここ1ヶ月半以上続いたこと。これは、血液検査的に何とも無くても、毎回トイレの中が血で真っ赤になるのをみると凹むし、不安にもなります。
④鼻風邪が長引く・・・これは軽微なものですが、何か潰瘍性大腸炎とリンクしていたのでしょうか?
⑤子供がしょっちゅう愚図り出すようになり(これが魔の2歳時の始まりってこと?)言う事を聞かなかったりすぐ泣きわめいたりするのでイライラする。(普段はそんなにイライラせず、穏やかな気持ちでいられるのに。)
⑥仕事において症例検討を引き受けた事(これは別に引き受けなくても良かったがあえてやってみようとその時は(ここ大事)思った。)

 今は家では子供がいて静かに休息するのは難しい。なので、レスパイト的入院を20日の再診で主治医に頼んだ。
 今回①~⑥まで、うつ増悪の刺激源になったと思われるものを挙げたが、どれか1つ決定的に引き金を引いたと言う訳ではないように思う。

 上記に挙げた他にも色々なストレスがあって、それを上手にマインドフル(造語)に処理出来なかったのだと思う。

 今回は、今までこれだけ一生懸命やって来ても何故これほどまでに憎悪するのかと言うことを考えてしまい、それを考えているうちに悔しいやら怒りやらで、家のファンヒーターを拳でつぶしてしまった。(衝動的欲求に基づく行為)その後になって、凹んだファンヒーターが故障せずに運転するのをみて、後悔の念や落ち込みが湧いて来た。(後続結果の推測が出来ていない)今回は自分の身に起きる不快事象を気づいて、自分の価値・願いを思い起こして、それに合致した行動選択が出来なかった。まだまだ未熟者。一時の感情に任せて行動するのは従来のパターン(うつ病が増悪してゆくパターン)である。まだまだ、マインドフルネス心理療法のスキルが身に付いていない、習慣化されていない証拠だ。

 平井孝男先生の「うつ病治療のポイント~長期化とその対策」にも書かれていたと思うが、うつ病が再発(増悪)したらそれを「治療的に利用」しなければならないと思う。悪化した、じゃあ今度からはどう対応するべきか予め対策を立てる必要があります。どのようにすれば、そこまで悪化せずに済むかを自分で考えなければありません。「何で自分はこんな事で落ち込むんだろう?」とか、「自分が弱いからいけないんだ」とか答えのでない原因詮索や自己の過小評価でなく、憎悪の兆候をいち早く察知し、自分の目標を強く意識しながら、無評価で観察し、そのまま呼吸法を続けながら、行動を起こすか、休息するか、行動選択をしなければいけない。今回のレスパイト的入院も行動選択の結果であるが、出来れば、入院する程悪化する前に何とかしたい。早期発見早期治療は癌やら他の病気と一緒です。いわば心の人間ドックを自分でやるのです。それが自己洞察だと思います。

 自分の過去の出来事から原因を探したり、弱さを嘆いたりするのは治療的でない。そうではなく、それらをひっくるめて呼吸をしながら自己洞察を入れて、自分を信頼し、自分の願い(健康で出来るだけ長く働き、家庭を養う)の方向の行動を選択していかないといけない。

 主治医は「おだやか君が1ヶ月程前から落ちて来ているのは感じていたよ。(じゃあ、何で1ヶ月前に指摘して、何かしらアドバイスなり薬の服用を言ってくれなかったんだろうっていう疑問があるけど・・・そろそろ自分で気が付けよってことなのか?学習しろよってことなのか?)」とお話しされた。 そして、「おだやか君のうつ病が増悪する際には必ず軽微な兆候があるので、自覚するに越したことはないが、自覚出来ない事もあるので、一番近くにいる奥さんにそういった軽微な変化、何となくいつもと違う感じを言葉で指摘してもらうのが良い」と言う。例えばその軽微な兆候とは、仕事における愚痴が多くなる、他者不信感をあらわにする、家庭でも文句が多くなる、些細な事でイライラ若しくは落ち込む、ヘアスタイルや容姿,服装に関して過剰に気にする、過去を振り返っている、うつの原因詮索をしている、相手の言葉や表情、音に関して過剰に反応する(妻との会話や表情、子供の泣き声、だだをこねたときの怒る)等。後は自分が話しかけてるのに無視されたように感じることがある(多くの場合それは事実ではない。)これは自分で洞察して気づくしか無い。

 しかし、その軽微な変化を自覚して受診するにしても月・火・土の午前しか外来やってないしなあ、じゃあ、他の曜日に増悪したらどうしようか?若しくは今の主治医がいなくなってしまったらどうしようか?レスパイトできなくなってしまう。自宅で何とかリカバーするしかない。今回も近隣の精神科病院に電話をしてみたが、1カ所はどうも満床らしい。もう1カ所はその病院の医師が診察してからでないと入院が出来ないと言う(当たり前と言えば当たり前だが)。殆どのクリニックは予約制でしかも紹介状が必要、ベッドを持つ病院でもすぐに紹介状無しでレスパイト入院出来る所等殆どないのではないか?駆け込み受診出来る所が少ないのではないか?

 でも,上記は明らかに予期不安だから、増悪したとき考えよう。その時に判断すれば良いことだ。今は今やるべき事をやろう。(今ここ現在の自覚)

 今回、主治医から、やはり抗うつ薬を維持量毎日飲むようにした方が良いと言う提案をされた。嫌だと言えば嘘になるが、これもまた、今回の様な増悪まで陥らなくて済むように主治医が提案してくれたのだから飲む事にしようと思う。抗うつ薬を飲む事で自分の目標に向けた行動の助けになるとしたらそれはそれで良いことだと思う。それもOKとしよう。

 今回は、1週間以内にリカバー出来たのでよしとしよう。有休は大分減るけど(笑)。

 主治医も指摘したが、今の自分は、自分は妻に支えられ、職場の理解もあって働けるし、主治医がしっかり診てくれて、必要とあらば入院もさせてくれるし、マインドフルネス心理療法の考え方も身につけた(まだ発展途上中)し、自分は恵まれていると思う。

 しかし、これもまた、自分で行動しなければ何も変化が起こらない訳で、ただ自分だけの世界に閉じこもって悶々とするのではなく、治したいという願いを持ってその方向に物事が行くように決意して行動を起こした結果だと思う。自分から行動すると世界が変わるとはこの事か。(少し大げさ)
 
 うつ病を治したいと思うならば、自分で思考判断して、とりあえず何かしらの行動を起こしていかないといけないと思う。自発的に行動が起こせない人は家族等自分の状況をよく知っていて理解を示してくれる人に援助を求めながら一緒に行動してゆかないといけないと思う。

 普段から、自分の病気について理解を示してくれそうな人を1人でも多く作っておく事が大切だ。
 
 しかし、皆が皆、この疾患に関して理解を示してくれるとも限らず、難しいところだが、それでもなお、援助を求めて行動してゆかねば道は開けない。

 繰り返しでしつこいが、うつ病に限らずどんな病気でもそうだが、治す(今よりも良い状態にする)にはどう行動していくのが良いか常に判断し、行動を起こしてゆかないといけないと思う。

 そしてその行動の結果を評価判断しない。行動した自分をそのまま肯定してあげるべきだ。

 そうやってまた次の一手を考えてゆく。

 う~ん、自分、成長したなあと自画自賛。しかしながらまだまだマインドフルネスが身に付いていな。油断禁物にてまた、頑張って日々課題をこなしてゆこうと思う。

他山の石以て玉を攻むべし

最近、そんな風に思った事件があった。

大阪市バス職員、刺され死亡 20歳容疑者を現行犯逮捕

以下、asahi.comより引用

26日午前10時半ごろ、大阪市天王寺区悲田院町の「大阪市バスあべの北操車場」で、同市交通局職員の江本聡志(さとし)さん(48)=大阪府吹田市=が男に包丁で刺された。駆けつけた警察官が男を殺人未遂容疑で現行犯逮捕した。江本さんは同日午後、搬送先の病院で死亡。府警は男の容疑を殺人に切り替えて調べている。

 府警によると、男は大阪市生野区の自称アルバイト森岡泰臣(ひろしげ)容疑者(20)。操車場内の事務所で、江本さんの胸を出刃包丁(刃渡り約16センチ)で刺した疑いがある。市交通局とトラブルを抱えており、逮捕時、「半殺しにしようと思って刺した」と供述したという。

 刺された江本さんを同僚が事務所から連れ出し、台車に乗せて西へ約150メートル離れた路上まで逃げて119番通報した。森岡容疑者はいったん後を追ったが、事務所に戻ったところを警察官に取り押さえられた。

 大阪市交通局によると、江本さんは市バスの事故処理を担当する自動車部の運輸助役。森岡容疑者と同局とのトラブルは22日午後8時ごろに発生。JR天王寺駅(大阪市天王寺区)近くで、市バスが通行人にクラクションを鳴らした際、自分に鳴らされたものと勘違いした森岡容疑者がバスを自転車で追いかけ、バスと接触したという。江本さんらが森岡容疑者と、壊れた自転車の補償などについて話し合っていた。

(引用ここまで)

そしてその事件の続報。

包丁所持伝わらず 大阪市バス職員刺殺

以下、asahi.comより引用

大阪市天王寺区の市バス操車場で市交通局の運輸助役、江本聡志(さとし)さん(48)が刺殺された事件で、森岡泰臣(ひろしげ)容疑者(20)が包丁を持って操車場に現れたのに、この情報が江本さんに伝わっていなかったことが大阪府警などへの取材でわかった。江本さんは操車場に駆けつけた直後、刺された。

 府警や市交通局によると、森岡容疑者は26日午前、操車場の事務所に現れ、通用口を施錠。出刃包丁を示しながら「お前ら順番にいてまうぞ」「運転手を出せ」などと、その場にいた男性従業員2人を脅したという。森岡容疑者と市交通局は、22日に起きた同容疑者と市バスとの接触事故をめぐりトラブルになっていた。

 身の危険を感じた2人は、森岡容疑者の求めで市交通局に電話をかけた際、担当者に事務所に来てほしいなどと頼んだだけで、包丁の所持など詳しい状況を伝えられなかった。110番通報もできなかったという。

 電話を受けた市交通局は、事故発生時に対応にあたった江本さんを操車場に向かわせた。江本さんは午前10時半ごろ、操車場に到着。森岡容疑者に胸ぐらをつかまれ、右胸を刺されたという。

 操車場は、市が出資する「大阪運輸振興」が運営。同社によると、従業員2人は「包丁を持った容疑者が近くにいたため、怖くて状況を伝えられなかった」などと話しているという。

(引用ここまで)

被害に遭われた方のご冥福をお祈り申し上げるとともに、被害者のご家族の心痛は如何ばかりかと思うと胸が痛い。
この加害者、被害者、関係者のように、殺人事件にまで発展することは無くとも、こういう不快な出来事はいつ誰にでも起こりうることだと思う。

色々と考えさせられ、また、タイトル通り、教訓とすべき事件だった。

自己洞察の大切さだとか、自分の願いを実現させるのも崩壊させるのも自分の意志次第なのだなとか、衝動的行動の結末とか、マイイドフルネスで言う後続する結果の推測だとか、状況に応じた価値選択行動(自己洞察し、冷静になって状況判断し、自分の意志で行動を選択する)の大切さだとか、情報伝達の大切さだとか、論語でいうところの「死生命あり、富貴天に在り」とか、毎日自分なりに努力して生きることの大切さだとか、自分を大切にすること以上の正義などないとか(確か、これも朝日新聞のbeという紙面の職場の理不尽という連載コーナーでアドバイスしていた方のお言葉でした。)うちの親父が言っていた「バカとは喧嘩するな」とか(この親父の言葉は多少語弊が在るかもなあ。)、俺だったら、相手のことを思えば、まあ、自分に非が無くても、状況をよく考えれば、謝ってはおくなあとか,それでも止められなかったのかなあとか。

まあなあ・・・感情的衝動的行為はダメよ。

感情に操られたら後で後悔しても遅い。

そのためにも、日々の課題を積まなきゃなあって思う。

マンドフルネスは単に精神疾患を回復させるスキルにとどまらないです。
人生勉強みたいなもんだと思います。
そこが薬物療法と決定的な違い。

対症療法にとどまらず、課題を実行すれば、うつ病を生かすことができる。
自分を知り、自分の長所を生かす生き方が出来る。

僕は、日々、自分らしく、愚直に真面目に生きていきたいと思います。
それが、僕にとって「自分を大切にすること」に他ならないのです。

時々ショック療法

 先週まで、外部監査対策のサビ残を平均2時間くらいやった。これを含めると8時間労働ピッタシになる。よく頑張ったと思う。

 マインドフルネス課題7「不快なことを受け入れる」を絶賛実施中。
 
 しかし、「いつかやって来るその時のために!」というものの、その「いつか」が具体的に一定頻度でやってこないと、強烈にストレスが掛かり危機的状況、急性ストレス反応(嫌なもんです、本当に。)がやってこないと、意外に、うつ病患者、不安障害患者で寛解中の人は「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ことが多く(と思う)、課題はこなしているが、効果を強烈に実感する場面に出くわさない。

 確かに僕も最近は調子が良かったし、減薬もどんどん進んでいた。

 「いつか」が今日やって来た。

 久々のお出ましだった。

 以下、マインドフルネス的に書くと、

 仕事中に嫌悪の感情を抱いているおばさんが栄養剤を裏で飲んでいたので、何でか今でもよく分からないんだけど、「それ効きますか??」なんて、仕事上では必要も無い雑談をこちらから仕掛けた。そのおばさんは耳が遠いので、怪訝そうな顔をして、「えっ?何?」って聞き返してくる?僕のマスク越しの声も小さかったのだろう、「いや、効くのかなあって・・・」おばさん「あ、これ?気休めよ気休め。買ったから飲まないとさ。」とそそくさとその場を去っていった。

 何が僕にとっての刺激源となったか?

 その嫌悪しているおばさんの聞き返して来る怪訝そうな顔と声色である。

 まあ、作用でなくて対象にフォーカスしてしまったという訳で、即座に自己洞察モードオートオン。呼吸法をしながら(吐く息を長くしながら)おばさんの顔と声色を恐怖に思う自分がいる。「顔、声色」(対象)を自分が「気にしている、不安に思っている、恐怖を感じている。」(作用)ということを心の鏡に映している(内奥の自己)でも同時進行的に仕事をしよう。(注意の分散、自分の目標実現に資する行動選択)窓からボーッと景色を眺めよう(注意の分散、視覚傾注法)ああ、ベンゾジアピン系抗不安薬も良いけどここはレスキューレメディーでやってみるかと、トイレにてスプレー数回噴霧。(自分の目標実現に資する行動選択)

 とまあ、こんだけのことをとりあえずやってみた。

 今でも、あのおばさんの顔と声色は内奥の自己に映っているが、朧げになって来た。段々と、急性ストレス反応は騒がなければ治まっていく。これでまた経験の知識(造語?)が増えた。
 
 マインドフルネル的記述ここまで。

 時々こういうの(急性ストレス反応)が無いと、「ああ、やっぱりマインドフルネスって凄いんだな」って課題をこなしていても強烈な実感がないのだ。(緩徐な実感は常にある。)

 でも、あまりに過剰なストレスが一気にのしかかるのも避けたい。そこから如何に逃げるかも立派な自分の行動選択の1つである。

 失敗もなく成功も無い。自分の選択に良いも悪いも無い。ただ、事象がそこにあるだけ。そこからまた学んでゆけば良い。

 大事なことはその行動、その言葉を起こす前にそれら(行動、言葉)が「自分の目標実現に資する」ものかどうか十分自己洞察することだ。まあ、とっさに出た言葉とか、とっさにとった行動を後から後悔するってパターンは中々、完全にはなくならないけどね。
 
 ただ、自分は目標実現のために最短距離をマインドフルに駆け抜けてるってことだけは褒めてあげても良いかなって思う。

 僕の目標は病気を軽くして、8時間働いて家族を守ること。
  
 僕の幸せは心の平穏。

欠勤 、幸せのかたち、 生きるよすが

ここ数日は、自分でも本当に良く頑張って来たと思う。
毎日、朝の気分の悪さを寝ながら呼吸法で落ち着けて、気分が悪いことを自覚しながらも、体を動かせば、何とか頭が回る状態なので、やって来れた。
波は来ていたのは自覚していたが、凌げていた。

今朝はうまくいかなかった。

寝ながら呼吸法を40分した。
悪い気分に呑み込まれる前に身支度や朝ご飯を食べる等、積極的に動いた。
しかし、心は落ち着いたと思ったら、また騒ぎだす。

僕が欠勤あるいは早退、遅刻の基準にしているのは、普段容易く決められることができなくなった時だ。

こういう時は休むことにしている。
その方が、後で長引かない。

それでも、出勤時間ギリギリまで悩んで(というか判断出来ない、決められない、頭が回らない、何と表現したら良いか・・・)全て支度までして、椅子に座って、「うーん・・・」とため息をついた。

それを見ていた妻が「今日は休んだら?」と言った。
「会社に行きたくないけど無理して行くぞっ!って顔になってる。こういう顔の時は休んだ方が良い。」と。

結局、その言葉で踏ん切りがついて会社に休む旨を伝えた。

何か、胸のつかえがとれた。

少しでも何かしようと思って、コーヒーを2人分入れて、妻と暫く話をした。

久々に、普段しない社会学談義をした。
良い時間だった。

僕たちの両親はいわゆる団塊の世代。
高度経済成長の勢いに乗って、働けば働く程、収入は右肩上がりだった。
出世という考えが毛頭ない親父だが定年まで勤め上げて、相応の退職金も支給され、さらに今は、市の嘱託職員である。
お袋はずっと正社員で働いて来たが、親父との結婚を機に、パートに切り替え、今でも働き続けている。というか、雇用があるのだ(謎)
妻の実家は自営業。家族で小さな会社を経営していて、両親ともに今も仕事をしている。

どちらの家庭も、年に何回か国内、海外と旅行を満喫している。

「こんなに働いていたら、人生が終わっちゃう、楽しまなきゃ。」とお袋はぼやくが、僕から見ると、随分と人生を楽しんでいるように見える。

「そりゃ、そうでしょ、今まで貴方のことで散々苦労して来たんだから。」と突っ込まれそうだ。

我々の両親は、リタイアした先に健康な身体でゆとりの時間がある。豊かさを満喫する時間がある。少なくとも物質的に。精神的にもそうかもしれない。それは、個々の考え方や信念、価値観による。

何時の時代も働き続けるということは大変なことだが、団塊の世代は苦労した分だけ報われるものがあった。労働の対価としての見合うだけの報酬があった。それがまた、生活を豊かにし、もっと物質的に豊かになりたいと、働くモチベーションになる。日産スカイラインを買った。土地を購入して、マイホームを手に入れた。2人の子供たちにそれぞれが希望する教育を与えてくれた。

今の自分たちには考えられない。

僕は生きるために仕事をしている。
働かないと生きてゆけない。
これがきっと老後まで続くのだろう。

妻は「何かね、こうやって日々の日常に追われて、働いて働いて、それで、寿命が尽きてなんて・・・一体、何のために生きてるんだろうってね・・・泣けて来ちゃう。」といって涙を流した。

団塊Jrが生きる時代は、まさしく、生きるために働かなくてはいけない時代だ。

私たちの娘、すなわち、団塊JrJrの時代はどうなっているんだろう・・・

話は逸れるが、僕は真っ直ぐな性格をしていると思う。妻も真っ直ぐな性格だ。世渡りが下手だ。人にこびへつらったり、演じたり、そう言うの全く出来ない。
でも、娘にも真っ直ぐ育ってもらいたい。
愚直なまでに真っ直ぐで良い。
それで、生きづらさを感じても、それを受け入れて、自己評価を相応に持って生きていって欲しいと思う。

閑話休題。

こんな時代に追い討ちをかけるかのような天災に人災。
頑張れ日本!頑張れ東北!とか・・・

僕らはもう頑張ってると思う。
これ以上頑張れというのは、少なくとも僕には無理だ。


大切なのはこの時代に適応するように考え方をチューニングすることだと思う。
僕はうつ病を患ったお陰にその考え方のスキルを手に入れた。

心の平穏を自分の幸せの基準に据える。

「はちみつさん」も書いているが、これからの日本を生きるにはマインドフルネスは有用な考え方のスキルだと思う。

僕はリタイアした時が寿命くらいに考えている。
妻はそれを「悲しい」というが、僕は今ではそうは思っていない。

ただ、この時代の日本を生き抜くということだけだ。

惨めとか悲しいとか言う感情はもう忘れてしまった。

今が幸せだと思えるから良いのだ。

過去に色んなことがあった、未来も色んなことがあるだろう。
でも、今が幸せだから、今を生きていれば未来もきっと幸せなのだ。
心さえ平穏であればそれで良い。

そうやって、明日からまた頑張ってゆくんだ。

僕は幸せだ。

午後は散歩にでも行こうかな。

僕の目標は病気を軽くして、8時間働いて家族を守ること。
 
僕の幸せは心の平穏。

薬が悪さをしている??

 最近、マインドフルネスの課題はそれほどサボっていない。

 なので、抑うつ気分を感じることはない。

 そのかわり、いわゆる「自意識過剰君」が結構気になる。
 恐怖症で言うところの視線恐怖みたいなもんだ。
 あるいは、社交不安障害的な・・・まあ、病名は何でも良い。

 全て、自分が作り出す妄想に過ぎない。分かっていても、体が勝手に反応してしまう。
 呼吸法が間に合ってない。
 しかし、この症状も一過性のものであることも事実であり、永遠には続かない。
 だから、もっと、この妄想を自己洞察で捕まえて何度も捨てていけば良いとは思う。

 とにかく、抑うつよりも、過敏性、不安感、動悸が以前より主体になって来ている。

 僕の直感では状態が良くなって来ているので、薬効が悪さをしだしたのではないかと思う。つまり、薬が多いのではないか?

 <現在の服薬状況>

 朝 ルボックス25 ジェイゾロフト25
 昼 ルボックス25 ジェイゾロフト25
 夕 ルボックス25 ジェイゾロフト25
 寝る前 ルボックス25 ジェイゾロフト25
 頓服 ランドセン0.5*3Tまで(不安時)
    ミケラン5(動悸時)

 ちなみに何で、SSRI2剤併用なのかは謎。

 僕はどちらかというと、薬物に対しては反応が鈍い方だ。(薬物過鈍性(造語))

 ルボックスに対しては特にそうだった。max300まで飲んでもあまりピンと来なかったという感じだった。セロトニン一杯でアパシー的にはなったが。

 離脱症状はパキシルが有名だが、僕は飲んだことがないので分からない。
 
 ゾロフトは前に25しか飲んだことがなくて途中で動悸が激しくなって止めたことがある。こいつが何か悪さしてるんじゃないかって思うのだ。

 今度、主治医に減薬を持ちかけようと思う。

 まず、ファーストステップとして、ジェイゾロフトを漸減→ゼロへ持っていくのが目標。

 自分にとっての薬物の至適容量や種類はその時々の状態で変わるものだと思う。(少なくとも僕の場合)

 理想はマインドフルネス+ランドセンちびちびだ。

 きっと、その日が来るだろう。

 僕の目標は病気を軽くして、8時間働いて家族を守ること。
 
 僕の幸せは心の平穏。

刺激源は何時やってくるか分からない

 今朝、娘が発熱した。
 昨日、肺炎球菌ワクチン接種の後だったので、その副反応なんだろうけど。

 そのとき、何気なくツイッターを見ていたら、「急性咽頭蓋炎」の文字を目にし、気になってググってしまった。

 その病態から、予後から、色々と恐ろしい記事を読んでいるうちに、これが、刺激源となって、不安な気持ちが起きた。娘がこの病気に罹ったらどうしようと言う予期不安である。それを考えているうちに、落ち着かなくなってしまい、頭がぐるぐる思考に入ってしまった。(ぐるぐる思考は本意の思考ではないのであるが、分かりやすい表現なので)

 理想的には不安な気持ちが起きた時点で、自己洞察が入って、ラベリングしながら呼吸法といきたいところだったが、まだまだ未熟な僕は、マインドフルネスで言うところの「二次的感情」までいってしまった。

 何とも言いようのない不安な、嫌な気分になった。

 出勤まで後1時間。

 妻に出勤ぎりぎりまで部屋に篭るからと伝え、リボトリール0.5mg+ジアゼパム4mgを飲んで、自分で言うところの「寝ながら呼吸法」を開始した。
 
 こういう時はもう必死である。
 「頼む!何とか効いてくれ!呼吸法よ、頼む!!」

 最後の砦は自分がどれだけ強く願うかに掛かっていると思う。

 最後の「薬」は回復への強い「願い」なのである。

 先行刺激の確認、そこから不安な気持ちが起きた。不安な気持ちが起きた。不安な気持ちが起きた。何回も唱える。そして呼吸法をひたすら続ける。

 続けること20分。

 「よっしゃ、何とかなる。」

 部屋を出た僕は、笑みを浮かべながら「あー、危なかったあ。」と妻に言った。

 こうして、急性の反応を乗り切って、1日、仕事をすることができた。

 従来ならば、主治医ホットラインで指示を仰ぐか、緊急受診か、無理なら頓服を飲んで、逃避的睡眠に入るかだっただろう。いずれにせよ、欠勤するパターンだ。 
 
 しかも、それで、1日で治るという保証はない。
 
 今までは、それしか方法がなかったから。

 帰って来て娘が笑顔で出迎えてくれた。どうやら、副反応のようだ。
 
 私の予期不安は杞憂に終わった。(99.9%当たり前なのだが・・・その0.1%の予期不安に振り回された。娘のことだから尚更である。)杞憂で良かった。
 杞憂で苦しむなら、僕はいくらでも呼吸法で乗り越えるよ。

 呼吸法は家で起きた急性反応には確実に効く。寝れる場所があるし、静かに集中出来るから。外ではまだ確かめられない。いずれは副作用のない頓服にしたいと思うアイテムである。

 未来は今を生きることの連続で、過去は今を生きたことの連続である。
 今、この瞬間を生きることが全てなのだ。

 少々、熱く語ってしまった。

 僕の目標は病気を軽くして、8時間働いて家族を守ること。
 
 僕の幸せは心の平穏。

自己洞察と呼吸法の質について

 今日は蓄積疲労からか、朝の抑うつ気分を感じた。
 
 これは経験的にもコントロール不能であるので、寝ながら呼吸法30分して「えいやっ!」と出勤。
 
 こういう日は人が気にならない(好調に転ずる)か気になる(不調のまま行く)かどっちかだ(これも経験)。
 
 今日は後者だった。
 
 でも、なぜか、頓服を飲まずに済んだ。
 
 これは初めてのこと。
 
 不調だったがそれなりに流れていった。

 ただ、時々、人が気になった。無言の自分が気になった。
 
 自分の心を見ていない、身体感覚を感じていない時間があったということだと思う。
 
 マインドフルネスにおいては、自己洞察と呼吸法が殊に、大切。
 
 僕はその質も大切だと思っている。

 本当に集中しているか?
  
 今の息に神経を済ませているか?今の自分の心を見ることができているか?感情か?思考か?感覚か?症状か?

 こういうところ、きっちり出来るようになりたい。 

 僕の目標は病気を軽くして、8時間働いて家族を守ることです。
 
 僕の幸せは心の平穏です。
プロフィール

おだやか

Author:おだやか
 双極性障害Ⅱ型、社交不安障害、高機能自閉スペクトラム症との共生の記録。

 SIMTと社交不安障害に対する認知行動療法を実践しています。

 自分の回復と生活を妨げない程度に更新予定につき、ご了承ください。
 

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