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注意の分配

近くのコンビニに寄ったら、コンビニの外で、友人がジュースを飲んでいた。

僕は車をロックし、その友達に声をかけるべく近づいて行った。その間に、ダストボックスにペットボトルやら車内のゴミを何気なく捨てた。

友人としばらく立ち話をしてから別れ、コンビニで買い物をし、車に戻ると、鍵がない!

ダストボックスに気もそぞろに鍵まで捨ててしまったに違いない。それしか心当たりは無い。

車のスペアキーを持ってきてくれた妻とダストボックスでゴミあさり。

ペットボトルを1本1本外に出しようやく見つけることができた。

「ちゃんと探せばあるじゃん。」妻の一言がぐさりとしみる。

友達を見つけてゴミを捨てることには注意が分配出来ていなかった。

注意をある程度自由に使うことができていればもっと1つ1つの行動を真剣に(ゴミ捨て)出来たはずだ。

1つのことにとらわれて動けない、他のことがないがしろになることは、うつの回復にとってもよろしくない。1つ1つの行動にもっと注意を向けて、他のことは色々と考えずに行動したい。

ここのところ、静的自己洞察をサボっている。時間があれば出来るものでもない。これだけマインドフルネスの効用を体感しているのに。

さて、また仕切り直し。(何回仕切ってるんだ^^;)
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僕がSIMTを再開した理由

2015年6月からリーマスを400→200mgに変更してから何故か劇的に病状が安定した。

いまでは障害者枠雇用ではあるが、週休2日で働くことも出来るようになった。

2011年10月にSIMTセッション10までいったん終了した。断薬もした。
そこまで、かなり自分では努力したと思っている。

しかし、SIMTでの呼吸法も出来ないくらいにうつ状態が悪化し、入退院をくり返した。
それからは薬物療法を再開し、現在では「双極性障害、自閉症スペクトラム症、高機能アスペルガー症候群(の疑い)」という診断がつき、結局、SIMTの適応外ということになってしまった。

しかし、自分でSIMTを再開しようと思った。
それは、病気を治すというよりも、「薬物療法を補完し、より自分のストレス耐性を高め、人生を生き生きと生きる。」という目的からだった。

確かに、適応外の疾患であるが、いまでも呼吸法を行えば即時的な効果も感じられるし、以前やっていて、コツがだいぶつかめているので、実践がより容易である。

後は自分の実践力、継続力ということになろう。これからまた、このブログもSIMTのことを中心に、自分のことを書いて、ブラッシュアップしていきたいと思います。

読まれている方がいたらよろしくお付き合いください。

おだやか

どこまでも希望を持って、諦めない事の大切さ

昨年の10月のセッション10を終了してから1年が経ちます。
一時、減薬に成功し、抗うつ薬は断薬していました。

そこからの1年間、今日まで、僕の中ではかなり悪い1年間になってしまいました。
潰瘍性大腸炎が悪化し、それと同時にうつ病も再発し、入退院を繰り返し、辛くてマインドフルネスの課題実行もやめてしまいました。講師の先生からの叱咤激励のメールにも激しく落ち込んだり、怒りの感情が沸いたり揺れ動きました。

1年間、ろくに働くことも出来ず、妻には本当に辛い思いばかりさせてきました。

寝たきりになり、死ぬことばかり考えたりしていたこともあります。
薬の副作用からか、過食になり体重が約15kgも増えて、醜い体になってしまいました。

今年7月には、希死念慮の悪化から主治医からECT(電気ショック療法)を試してはどうかと他院に転院し、約3週間入院しました。結局、転院先の先生が適応でないと判断し、薬物療法と作業療法を行っていました。そこでは、Ⅱ型双極性障害を疑われ、リーマスの服用も開始しました。

退院後、9月に復職にも挑戦したのですが、2日で行けなくなってしまい、そこからまた寝たきりで、生気の失せた廃人の様になってしまいました。

そして9月初めから、主治医の病院へ再入院となりました。

主治医は「おだやか君は双極性障害じゃないと思う。うつ病が良くなったときにうれしくなった反応で気分が高揚するだけよ。」とおっしゃいました。

2週間アナフラニール点滴0.5A行いましたが、反応なく、定期診察で主治医が「点滴は隔日にして、内服でいきます。」とおっしゃいましたが、何故か私は、「先生、アナフラニールをもっと増やしてください。」とお願いしました。

何でお願いしたのか自分でも分かりません。後日、主治医は「あの時、おだやか君の体が薬を欲したのね。」とおっしゃっていました。

そこからまた1週間、アナフラニール点滴1A行いました。

3日目位からでしょうか、些細なことで涙が止まらなくなり、感情失禁のような状態が出始めました。将来への悲観的憶測をしては泣き、面会に来た妻子を見れば泣き、自分ではああ、また悪化したか…とばかり思っていました。

次の診察の日、主治医にそのことを伝えようと、ノートに書いた自分のこの1週間の症状を読み上げました。

診察室で子供のように泣いてばかりいて、主治医に何も伝えられなくては困ると思い、事前にノートに書いておいたのです。

僕がそのノートを読み終わると、主治医は、「それはね、おだやか君がやっと現実に戻ってきたのよ。実際、現にこんな状況でいつまでもいたって、いろいろ困るでしょう?やっと、いろいろ考え始めることが出来るようになったのよ。今までの、何考えているか分からない表情で、死んだようになっているおだやか君から、感情が出始めたり、色んなことに気づいたり、考えたり出来るようになって、今のままじゃ困ると将来のことも考えたり出来るようになって、感情がやっと出始めたのよ。悪くなってるんじゃなくて、やっと、良くなってき始めたのね。でも、ちょっと薬が効きすぎたかしら。まあ、そのうち、涙は止まるわよ。でも、死んでもらっちゃ困るけど。(笑)」

それで、僕は、自分の症状の意味が氷解しました。
解釈が180度変わり、合点がいき、衝撃的でした。

精神科医の言葉は薬になります。
先生が紡ぎ出した言葉が患者の心に反応し、シンパシーを感じるようになるとき、薬のように患者の心に染み渡る。きっと、精神科医の先生もそこにやりがいを感じるのではないかと僕は思います。

僕は、改めて、主治医の凄さを知りました。
そのくらい僕にとっては劇的な出来事でした。

今まで、いろんな抗うつ薬を飲んできたけれど、自分にはアナフラニールが良く効くんだということを学習しなければいけません。(あとは、デプロメール)

その間、母がずっとマインドフルネスの先生と電話で連絡を取り合っていたみたいで、この10月から1からやり直すことにしました。

今は短時間呼吸法と視覚傾注訓練を毎日行なっています。

僕は悪化して病床にいるときも、どこまでも希望を持っていました。

死んだようになっていても、心の中に希望を持つことだけは出来ます。

どんなにうつ病が悪化しても、またきっと良くなる日が来ると。

マインドフルネスでは断薬を最終的には目標としているけれど、僕は断薬をしないことを決めました。ある程度の自分にあった薬(アナフラニール,デプロメール)を飲みながら、マインドフルネスの課題を実行し、希望をもって、これからの人生を歩んで行こうと思います。

妻や両家の両親には本当に心労をかけた。すまないと思う。

これから、家族を幸せにしたい。心からそう思います。

うつ病が悪化しているときに妻と感情的に口論となり「努力しない人間は支えられない。」と言われた事がありました。

今となっては本当にそうだと思う。

どこまでも、好くなる希望を持ち続けて治すための具体的行動を起こさなければいけない、それとともに悪化したらどうするかということも妻と話し合っていかなければいけないと思います。

僕は人に恵まれ、支えられている事を絶対に忘れてはいけないと思います。

平凡に、普通に生活出来る事がどんなに幸せな事か。


やっとまた、歩き始めることが出来ました。

僕の目標は職場復帰。

僕の幸せは心の平穏。

不快事象があっても何とかやってゆける。と仕事で思う。

 11/6/29のブログにも書かれていますが、最近になって、やはり不快事象の受容(というか自分は受け流す、関心を持たないといったニュアンスの方がぴったり来る。)が良く出来るようになると、うつ病の治る治らないはあまり自分にとっては関心が無いことになってきました。

 入院して2週間、落ち着いて来てからはずっと薬物療法とマインドフルネスを実践していました。今週は病院から職場に通いました。今日で自分の仕事納めでもありました。明日退院します。1週間で退院しても良かったのですが、薬物療法も再開した事だし、何か不快事象が起こった時に受容が出来ない場合、ベッドがあるのは助かると思ったからです。

 私にとって、他人からみれば、本当に細かい事、どうでも良いと思われる様な事でも、小さな小さな不快事象になることがあります。
 
 不快事象は主観的なので私が不快だと思っていても、その事象について他人は全く思っていない事も多々あります。
 
 私の場合、例えば、「この歳になって、未だに容姿にコンプレックスがあって鏡でチラチラ見ることがある。(見ても見なくても変わらないのに)。」「床屋の次の日に出勤するのが何となく気が重い気がする。」「職場でのコミュニケーション、伺いを立てるときの相手の表情が気になる。顔色を気にする。」「挨拶を自分からするかどうか迷う。」「些細な事で怒りの感情が涌く(これは薬物療法でもかなり抑えられる)。」「朝、起きたときの気分が悪い。」などなどです。一般的にはこれらの不快事象は精神科医が対処する問題なのか?と思うかも知れません。

 そんな時に呼吸法と自己洞察をして「その小さな不快事象を感じているんだな。」と自分を観察します。観察しながら呼吸法をしていると、たいていの事柄で起きる心の動揺は1分くらいで小さくなってゆきます。そうして、いまの自分のやるべき事をやろう、合目的行動を起こそうと言う気持ちで、次の事に目を向けてやり出すと不快事象があっても何とか次にやるべき事をやることができます。不快事象が完全消滅しなくてもそれを感じながらでも物事を進めることができます。

 仕事において、うつ病者(私の場合)は、コツコツ物事をこなす事は比較的得意ですが、環境の変化に弱く、何か自分に想定外のことが起こると柔軟に対応出来ずに悩みが深くなっていってしまう事があります。そんな時にどう対応するかということについては、以前に比べるとかなり智慧なるものが涌くようになって来たように思います。「どうしたら、この状況を打開出来るか?優先順位はつけることができるか?」など静かに呼吸しながら自分の心の中で問いかけます。
 
 また、自分でいうのもなんですが、過剰に他者配慮的であり、自己犠牲的であることがあります。まず、自分がしっかりしていなければ他者配慮など出来ません。
私の場合、自分のことをまずしっかりやる。精神的に自立する。事が大事です。いざと言う時に助けを求めることができるのも大事な事です。

 過去は消え、未来は来ていない。
 「死生命あり、富貴天に在り」「一日一生」「人間万事塞翁が馬」
 今一瞬を生きようと思います。

過去未来、そして現在

 「あの時ああすれば良かったと後悔する、あの場面を思い出すと怖い、不安になる。」等の思考で過去を思い出す。「明日、◯◯があって不安だ、◯◯があるから不安だ。怒られるんじゃないか?絶対に上手くいくはずが無い・・・」等の思考で未来を予期します。 
 
 過去や未来の事は思い出す事によってネガティブな感情を引き起こします。楽しい未来のこと(旅行に行く、友達と会う等)を思うとワクワクしたり等ポジティブな感情を引き起こします。
 
 しかしながら、過去や未来の事を思う、そう思うのは今ここ現在の自分の作用で、今ここ現在に過去や未来のことがリアルに起こって、今まさに体験しているのではありません。現在の過去未来を思い出す思考によって感情、気分が起こります。

 それらに圧倒されてしまうと、ネガティブな2次的3次的な感情を引き起こし、それらが不快な気分を引き起こし、思考の連鎖にはまってしまいます。
 
 そうではなくて、過去や未来の出来事を今ここ現在の自分が思い出す、つまり思い出す作用のみがリアルです。過去や未来が今ここ現在に実在しているのではありません(よく考えると当たり前ですが・・・)私たちは一瞬一瞬現在の連続で生きており、過去や未来の中で生きているのではありません。

 だから、自分の人生の価値、願いは何なのか?という事をよく考えてそれに沿った行動を決意して行うことが大切だと思います。
  
 何度も同じことを言うのですが、後悔しても心配してもその種は過去未来ですが、後悔してる、心配してるその作用は今ここ現在の作用で、過去や未来のことが今ここで実際に起こっている訳ではありません。
 
 吐く息を長くしながら、後悔や心配、不安の作用を自覚しながら、「今やるべき事」を行う。「今やるべき事」を後悔心配不安を感じながらでも達成するとそれが自信に繋がり治療に貢献すると思います。そういった経験、体験を積み重ねる事がうつ病(おそらくパニック障害や不安障害も)の快復には大切です。「ああ、色々と考えは考えたりもしたけれど、やるべき事はやったじゃないか。自分の意志で行動することができた!」っていう経験体験の蓄積が大切です。こういう所は行動療法(暴露療法)に似ている気がします。

主観を排す

 日々、生活していると、色々な音を耳から、視覚情報(光景、人の表情、所作など)を目から、胃痛や頭痛やだるさ,吐き気、動悸などを各内臓感覚から、それぞれ、脳を介して感じますね。
 僕の場合、マインドフルネス心理療法を勉強する以前は、特に人間関係において、他人の言葉や、表情を、自分で勝手に解釈し、うつ・不安を招いていたことがよくありました。
 そのこと自体は、マインドフルネス心理療法を勉強する前から気づいていたのですがどうすれば良いか分からなかったのです。
 これは、今の自分も完全には出来ないのですが、他人の言葉は単なる「音(聴覚情報)」として、表情や所作は「モノ(とでもいおうか、視覚情報)」として、それぞれを「対象」として、自分が感じている(聞いている、見ている)「作用」を、時に吐く息を感じながら、もう1人の自分みたいなものが、そのままに、眺めている・・・
 そんなイメージで、対象(感覚器から受け取る情報)と作用(それを感じていると言うこと)を眺めているもう1人の自分(内なる自分)を働かせると良いかなあと思います。
 そして、今自分が為すべき本当の事(目標、価値、願いに合致したと思う行動)は何か?を選択して行動するようにします。行動の結果は評価しません。吐く息に集中して次の行動を選択してゆく事の連続です。
 理想的には、これを起きている時間全てに及ぼしたいです。
 僕の職場に、「あれ?怒ってます?」と言って他人の顔色をうかがう女の子がいるのですが、昔の自分はそういうの良く分かるなあと思うのですが、今は何とも思いません。
 人間、考えないと脳に「空き容量」が生まれます。そこに、支えてくれている人への感謝の思いとか、生かされている喜び(呼吸が出来る、ご飯が口から食べられる、目が見える、言葉が話せるなど)とか、肯定的な思いを入れてあげると良いかなって思います。
 結局、自分は自分以外の他人、つまりは、全ての人に支えられて生きているのかも知れません。
 嫌だなあと思っている他人もそれは裏を返せば、そういう他人と上手く付き合う術を教えてくれているのですから、何とか折り合いを付けて、やってゆくチャンスとも言えます。
 嫌だなあと言う気持ちはそれを「作用」として感じながら、吐く息に集中して、自分のすべき事をやっていれば良いと思います。
 それから、特にうつの人は、朝、理由も無く調子が悪い日があると思います。
 あれは僕の私見ではコントロール不能なので、放っておくのが良いです。(そんな簡単にいえない程、辛いですけど・・・)
 できれば、ただ、息を吐きながら、強制的に動くと良いと思います。回復期の人です。
 僕の場合は、そういう時は、朝、シャワーを浴びていました。そのお湯が体に当たる感覚や、シャワーの出る音や、温かいと言った感覚をそのまま感じて、もちろん、調子の悪さも感じて、呼吸法を同時にしていました。
 その内に、朝の調子の悪さは減ってゆきます。今でも、たまに調子の悪い日はありますが、呼吸法をして動けば消えるので、気にしないことにしています。リハビリが必要みたいです。
 仕事に行っている人で、朝の調子の悪さに出勤ギリギリまで悩んでいる人はいないでしょうか?
 僕は何回もありました。
 そういう時は、客観的に見てくれている人に、出勤か欠勤かを決めてもらうのも良いと思います。本当に辛いと決断力も失われてしまいますから。
 僕は、気分が酷いとき、妻が欠勤を決めて、電話までかけてもらったことがあります。
 1人暮らしの人などは、呼吸法をして、出勤ギリギリまで苦しく思い煩うようであれば、欠勤する方が良いと思います。それが病気からの症状であると言う事が自覚出来て、「怠け」「余裕が少しでもあるのに回避」とかの本音が自覚されない場合です。
 欠勤の電話を入れたら、その後に後悔や後ろめたさを感じる人もいるでしょう。それを長引かせていると、うつが改善しないし、折角の欠勤で出来た時間が勿体無いです。
 なので、その日は「呼吸法の日」にすれば良いのではないでしょうか。
 後悔や後ろめたさや調子の悪さや同僚の顔や色々浮かんでグルグルするでしょうが、そういうものに名前をつけて、感じていると自覚して呼吸法をしていましょう。
 そして、出来るだけ動くと良いです。
 まずは、ふとんの中で寝返るとかからでも良いと思います。その内に催してきたら、トイレに行くと決めて、トイレに行く、用を足しながら呼吸法もしている、後ろめたさ諸々も感じているともう1人の自分みたいなものが眺めている・・・
 お腹が空いたら、それを感じながら、呼吸法をしている、何が作れそうなら、買いにいけそうなら、そうしてみるなど・・・そして吐く息に集中する事に戻りながら・・・
 そんな日々を過ごしているうちに、自分で考える事がうつや不安の種になる事に気づくと思います。
 自分の思考や感情からなるべく離れる事が出来るようになると良いと思います。
 主観をなるべく入れない、入れたら、観ていると言う事だと思います。
 復職してから、自分はこういう日々が続きましたが、大分楽になりました。
 自分がコントロール出来るのは今の自分の行動だけです。過去はもう無いし、未来はまだ無いです。
 自分のことを自分で判断して決断して行動することができるようになると大分、他人に振り回されなくなるようになります。
 失ったもの、治らない病気、遺った障がい、降り掛かって来る不快な出来事、そして天命(寿命)は自分はどうしようもありません。なので、悲しいし、悔しいけれど、それも全て感じている自分を眺めながら吐く息に集中して、次の一手を自分で打っていけると良いと思います。
 うつ病も諦めずに治りたいと思って努力すれば何とかなると思います。
 僕もまだまだ道半ばですが、頑張ってゆきたいと思います。
 自分で動かない事には、物事は変わってゆきません。

僕の平日は1日2時間。

 マインドフルネス心理療法セッション9を修了。残りは後1回。セッション11、12は山梨ではやらないみたい。確認はしていないけど。
 
 9月から正式に正社員1日8時間勤務を開始した。まずは短期目標実現。肝心なのは「働き続ける事」である。
 
 1日は誰しも平等に24時間。
 
 ①僕は、8時間働く。
 ②通勤諸々で1時間(累計9時間)
 ③ロングスリーパー(だと思う)にて8時間寝たい。(累計17時間)
 ④30分の運動、30分の呼吸法にて1時間。(累計18時間)
 ⑤朝食30分、夕食1時間、歯磨き身支度諸々1時間、子供とだらだら30分にて3時間(累計21時間)
 ⑥自分の趣味、新聞等に1時間(累計22時間)

 頭で考えるとこんな感じ。

 平日は1日2時間を自分に与えられている。

 流されても2時間しか流されてはいけないという意識を持つ事も出来る。

 落ち込みも反省も後悔もせいぜい2時間まで。

 それ以上は、浮かんでは消えてゆき、また浮かび、そして、いつの間にか内容は過去としてなくなってゆく。
 
 気分や思考はリアルタイム(現在)にあるけどね、1秒でも経つと過去になっていっちゃう、過去というのは変えられない。過去は全てOK。水に流してしまいましょう。過去へと流れ、消えてゆきます。
 
 例えば、音(内容)が聞こえる(感覚作用)この音をどうしようか?(思考作用)効きたくないから耳栓する(意志作用)と言うふうな一連のプロセスを心の中で包括的に見ている自分(=鏡、器、僕は川が好き(笑)) それだけが不変。絶対現在。他は皆、過去へ流れていっちゃう。

・・・難しいですね。

 あのですね・・・経験的にお話をすると、ちょー私見かつ簡単にいってしまうとですね、「ぐちゃぐちゃ言ってないで、静かに呼吸を30分以上しろ!」で、良いと思います。

 何かが分かります。行動が先、理解は後です。行動によって理解出来るのです。

 話は変わりますが、僕は、現在抗うつ薬はゼロです。その代わり、イライラ感やものすごいエネルギー感が有り余って困ってしまいました。いわゆる「軽躁」だと思います。

 早速、主治医と相談。強めの安定剤をごく少量飲んで仕事をして、ちょうどいいです。躁も鬱も困ります。

 主治医「おだやか君はね〜。。。そうね〜。。。今は、職場に嫌な人とかいないでしょう?」 
 
 おだやか「はい、いません。」
 
 主治医「おだやか君はね〜。。。嫌な人が出来たり、気になりだして不安、緊張、鬱になって働けなくなる。それが困るのよ。それを乗り越える強さを身につけなさい。」

 おだやか「先生、それって、どうやれば身に付きますか?(マインドフルネスだろがっ!!!)」

 主治医「そうね〜。。。まあ、経験ね。何事も。」

 経験ね。。。そうね、できれば1日2時間を落ち込みや後悔に使うのではなく、マインドフルネスの課題習熟に使いたい。それ理想。

 「うつ病が治るとはどういう事か?治るとはどういう意味か?」

  これは、この20年、特に寛解に入って再発し、休退職を繰り返して来たここ1、2年ずっと頭にあった問いです。

  この問いにぴたりと(私にとっての)答えが出ていた本はこれです。


うつ病の治療ポイント―長期化の予防とその対策うつ病の治療ポイント―長期化の予防とその対策
(2004/08)
平井 孝男

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 この本は今でもバイブルの1つ。

 しかし、本は本。

 「治るってこういう感覚なんだな。」という感覚を与えてくれたのは、マインドフルネスでした。

 あのですね、またまたちょー私見ですが、治っていても、治っていなくても、薬を飲んでいても、いなくても、自分の目標が実現出来ていれば「治った」と同義なんです。


 もう大丈夫。マインドフルネスを一生の友に、困難を乗り越えてゆけば良いのでしょう?

 そんな感じ。


 僕の目標はあと最低30年は8時間働き続けて家族を養うこと。
 
 僕の幸せは心の平穏。

不快なことを受け入れる

 今年の夏は去年に引き続き猛暑の予感がします。

 と、いうよりも温暖化、気象変動が確実に進行していることを肌で実感するのです。

 節電も心がけねばなりません。

 僕が子供の頃はクーラーなるものの存在すら知りませんでした。
「夜は冷えるから窓を閉めて寝なさい。」と真夏に親から言われたものです。

 夏の暑さを始め、どんな人にも程度の差はあれ、「不快なこと」が存在します。

 僕の場合をざっと挙げてみます。

 夏の暑さ、沸き上がる怒り、職場で嫌でも聞こえて来る愚痴諸々、自分のやりたいことが子供に中断される、子供に色んなものを破壊される(笑)、時間に間に合わないと焦る、気分が優れない、呼吸法をこなすのが辛い、夏バテだ、蚊に刺された、お金が無くて欲しいものが変えない等々・・・

 まあ、キリがありません(笑)

 不快なことが起きたら、まず、呼吸法をしながら、観察です。そして、その事象に名前を付けます。「暑い」「怒り」「愚痴」とかですね。

 そいでもって、それをしばらく、自己で見つめてみるんです。

 そいでもって、衝動的な紛らし行動に走らずに、「自分の目標実現のためにどう動こうか?」って考えます。それで、自分の意志で「よし動くぞ!」って決めて、実際に動いてみます。

 そいでもって、結果を吟味し、次へ生かします。
 後悔、否定の感情は起こしません。
 起こしたら、「後悔」「否定」の名前を付けて、短時間呼吸法をして、見つめて捨てます。

 僕は「結果の知識」を重要視しています。大学で「knowledge of result(KOR)」って習った気がします。(自分で作った言葉かもしれない。。。)

 書物の知識は行動に移し、得た結果を本当の知識とすべきだと思います。
「実践こそ全て」です。

 間違えてはならないのが「我慢」と「受容」の違いです。
「我慢」は、不快事象をひたすら耐えることですね。
「受容」は、不快事象に対して、自分の意志で建設的行動に移すことを言うと思います。

 「薬を飲む。」「その場を離れる。」「休む。」「諦める。」これらも、自分の自由意志で決意して、行動したならば、立派な「受容」だと言えると思います。問題は、それらを自分の意志で決意して行動したか?ということです。

 結果の知識を生かして、今を生きてゆけば良いんだと思います。

 まあ、言うは易し、行うはきよし。もとい、難し。といったところで、それすらも受け入れて、日々継続して実践してゆくことが最重要です。

 僕は、今、セッション7を勉強し終えたところです。


 僕の目標は病気を軽くして、8時間働いて家族を守ること。

 僕の幸せは心の平穏。

実践こそ全て

 おかげさまで最近では抑うつ気分というのはほとんど感じなくなって来た。しかし油断は大敵。

 自分は今まで、薬物療法で何とかしたいという気持ちが強かった。あらゆる抗うつ薬や抗不安薬を試して来たし、量もある程度は飲んだ気がする。

 マインドフルネスを知った今では、薬物療法は対症療法である。今では「飲まないよりは飲んでいた方が良いんじゃないか」くらいの感覚だ。

 もちろん、これからもいわゆる「波」はやってくるのだろう。
 
 原因が分かる波もあれば原因が分からない波もある。

 原因が分からない波は原因が分からないから、今まではどうしてやって来るんだろうということばかり考えていた。原因を探すことに躍起になって、それで悩んで、さらに具合が悪くなり行動する意欲をなくすというパターンである。
 
 マインドフルネスを学んでからは原因が分からない波が来た場合、その気分(抑うつ気分、朝の調子の悪さ、日内変動とか)は短期的にはコントロール不可能と考えて、感じたまま、騒がずに、自分の目的達成のために効果的な行動を起こすように自分を仕向けている。これは意志の力だと思う。その時は苦行に近い。そのうちに、嫌な気分は向こうから去っていくことが経験から分かって来た。

 実践から得る知識こそ実用的なのである。いくら、本に良いことが書いてあったとしても、それを実行して、自分で検証してみなければ、感動や知識は得られるかもしれないが実用的ではない。(ダイエットと一緒。)

 原因が分かる波は薬効を越えてやってくるのだろう。
 今までは、深みにはまって、薬の量を増やすか、種類を変更するか、最悪、休息入院かだった。

 マインドフルネスを学んでからは、原因となる問題に対する自分の心の処し方を練習するようになったので、大分、回復が早くなった。
 
 人生には色々な困難がある。誰かに相談することや援助を求めることはいくらでも出来るが、最終的には自分で判断して、行動選択をしてゆくしかない。
 
 呼吸法をしながら心を落ち着かせて、自分を観察する。色々なことが浮かんでくる。それを感じている自分がいる。
 
 今では呼吸法は30分以上できるようになった。30分位やらないと、精神が安定してこない。
 色々なことが浮かんで来て、その内容に振り回されないように気をつける。原因は自分の外にあるかもしれないと思っていたが、実は自分の内にあった。自分で勝手に妄想(目標達成に有害な思考)をするので、困った困ったと騒ぐので、余計に具合が悪くなる。
 
 とりあえず、今の自分の目標を達成するにはどういう行動が良いか自分で判断してやってみる。その結果をまた呼吸法をしながら検証する。そこから、何か気づくものがあるかもしれない、実用的なものが生まれるかもしれない。

 実践して効果を実感したから、今は淡々と課題に取り組む毎日である。

 僕の目標は病気を軽くして、8時間働いて家族を守ること。
 
 僕の幸せは心の平穏。

繰り返す特定思考観察の課題「こちらから仕掛けて待つ」

 これは勉強して来てもいまいち分からなかったのだが、今日、その思考がドバドバ思い浮かんだので、ようやく課題に取り組めるというか合点がいった。
 
 1「他人を気にする、見られている、意識する」通称 自意識過剰君
 2「物事を言い出そうか、止めようか迷う」通称 一言恐怖君
 3「何か言われてショックを受ける」 通称 引きずり君
 4「何かやらなきゃ!急がなきゃ」 通称 焦燥感君
 5「朝気分悪・・・」 通称 朝不調君
 6「テメー!この野郎!」 通称 怒り君

 などです。

 5は思考と言うよりも身体+精神症状
 6は思考というよりも感情ですね。

 これらをわざわざこちらから仕掛けて思い出す。プラス呼吸法。
 いずれも自分の目標実現には有害無益な考え(感情、症状)です。
 なので長く考えても一理もないので、「捨てる」「やーめた」
 そして、自分の目標実現のための行動をとる。

 うん、合点がいった。

 後は日々実践。
プロフィール

おだやか

Author:おだやか
 双極性障害Ⅱ型、社交不安障害、高機能自閉スペクトラム症との共生の記録。

 SIMTと社交不安障害に対する認知行動療法を実践しています。

 自分の回復と生活を妨げない程度に更新予定につき、ご了承ください。
 

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