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はじめに

 私のうつ病との付き合いは1992年(平成4年)18歳の夏の精神的破綻からです。

 まだ、当時、SSRI等の今主流となっている抗うつ薬は日本では発売されておらず、古い薬で治療していました。

 現在は双極性障害と診断が変わり、炭酸リチウムも飲んでいます。

 進学、就職、結婚、家庭をもつ・・・双極性障害と共にライフイベントを経験して来て日々思うこと、考えることを記したいと思います。


(マインドフルネス認知行動療法、SIMTについての私見)

 わたしは双極性障害と診断されたため、SIMTの適応外であるので、自分の実践方法から得た気づきでのみしか語れないし、心因性うつ病、不安障害をお持ちの方には参考にならないかもしれません。

 マインドフルネスという言葉は最近急速に広まり、その考え方に基づいた認知行動療法(MBCT)、また、日本で独自に編み出されたSIMTは、心因性うつ病、不安障害の治療によく用いられるようになりましたが、私自身は薬物療法とのバランスをよく考えて行うべきと思います。ですので、必ずしも断薬まで至らなくてもいいのではないか、ましてや、薬物療法が効果を発揮しているのに減薬してゆくということは、病状を悪化させるリスクがあると思います。

「完治」を目指す方は、断薬にこだわりたくなる気持ちもよく分かります。以前の私がそうでした。

 過剰な期待をもたず、年単位でひたすらに実践してゆく姿勢が大切だと思います。

                           2016年8月文章改訂①
                                                                       おだやか記
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注意の分配

近くのコンビニに寄ったら、コンビニの外で、友人がジュースを飲んでいた。

僕は車をロックし、その友達に声をかけるべく近づいて行った。その間に、ダストボックスにペットボトルやら車内のゴミを何気なく捨てた。

友人としばらく立ち話をしてから別れ、コンビニで買い物をし、車に戻ると、鍵がない!

ダストボックスに気もそぞろに鍵まで捨ててしまったに違いない。それしか心当たりは無い。

車のスペアキーを持ってきてくれた妻とダストボックスでゴミあさり。

ペットボトルを1本1本外に出しようやく見つけることができた。

「ちゃんと探せばあるじゃん。」妻の一言がぐさりとしみる。

友達を見つけてゴミを捨てることには注意が分配出来ていなかった。

注意をある程度自由に使うことができていればもっと1つ1つの行動を真剣に(ゴミ捨て)出来たはずだ。

1つのことにとらわれて動けない、他のことがないがしろになることは、うつの回復にとってもよろしくない。1つ1つの行動にもっと注意を向けて、他のことは色々と考えずに行動したい。

ここのところ、静的自己洞察をサボっている。時間があれば出来るものでもない。これだけマインドフルネスの効用を体感しているのに。

さて、また仕切り直し。(何回仕切ってるんだ^^;)

僕がSIMTを再開した理由

2015年6月からリーマスを400→200mgに変更してから何故か劇的に病状が安定した。

いまでは障害者枠雇用ではあるが、週休2日で働くことも出来るようになった。

2011年10月にSIMTセッション10までいったん終了した。断薬もした。
そこまで、かなり自分では努力したと思っている。

しかし、SIMTでの呼吸法も出来ないくらいにうつ状態が悪化し、入退院をくり返した。
それからは薬物療法を再開し、現在では「双極性障害、自閉症スペクトラム症、高機能アスペルガー症候群(の疑い)」という診断がつき、結局、SIMTの適応外ということになってしまった。

しかし、自分でSIMTを再開しようと思った。
それは、病気を治すというよりも、「薬物療法を補完し、より自分のストレス耐性を高め、人生を生き生きと生きる。」という目的からだった。

確かに、適応外の疾患であるが、いまでも呼吸法を行えば即時的な効果も感じられるし、以前やっていて、コツがだいぶつかめているので、実践がより容易である。

後は自分の実践力、継続力ということになろう。これからまた、このブログもSIMTのことを中心に、自分のことを書いて、ブラッシュアップしていきたいと思います。

読まれている方がいたらよろしくお付き合いください。

おだやか

うつ悪化(体のだるさ、何もしていないのに疲れる・・・)

 この2週間くらい前から、体を動かすのがしんどくなり、横になってばかりいた。

 とにかく、体を動かすのが疲れて疲れて仕方がない。この状態で職場に行くのはしんどいなあと思った。これがマインドフルネスだと「何か激しい運動でもしましたか?」と言うことになるんだろう。

 無理矢理、運動する方向へ自分をもっていかなきゃ行けない。だるくても体を動かす。

 これはキツい。

 結果から言うと2週間近く合ったこの症状は全く今は無い。それと共に気持ちも前向きになって、職場に通うのが楽になった。無為に寝る時間が少なくなった。

 変更した薬(エビリファイ)が効きだしたのかな?

 しかしながら、うつ悪化の1つの症状の出方として「何もしないのに疲労感、体のだるさ、無気力」と言うものが事実あるんだなと思った。症状として良くなったのだから気のせい云々等とは違うはっきりとしたものだ。

 改めて、うつの症状の多彩さを知った。

うつなのか双極なのか・・・薬なのか元々なのか・・・

2012年も残り僅かとなりました。

今年1年は散々な年でしたが、来年はきっと良い1年になるだろうと予感がします。何だかそんな気がするのです。

僕には主治医はほぼ2人います。

1人は20の時からずっと診て来てくれたベテランの女医さん。

もう1人は今年の夏の転院入院から時々相談に乗ってもらっている僕より3歳くらい年下の男の先生。
この先生もバーンアウトして、抗うつ薬+リーマス飲んでいたが、最近はリーマスのみを飲んでいるという。
非常に敷居の低い先生だ。

僕は、結局、思春期危機を乗り越えられず、その苦悩を、精神的錯乱と言うもので表現したわけだが、大学病院では医局の伝統で分裂病、転院した今の主治医には内因性うつ病、もう1人の主治医には双極性障害と3者3様の見方をされた。

僕は、20年前の大学病院のカルテを開示請求したら、あったのでコピーをお願いして自分で見てみた。僕を分裂病の根拠としたのは、どうも、中安の初期分裂病の4主徴に当てはめたらしい・・・

当時の教授も専門が精神分裂病だった事もあるのかな。

それはともかく、僕は長年思ってた事は、僕は元々、双極性障害だったのか、それとも途中で抗うつ薬によって双極性障害のスイッチが入ってしまったのか?(後者はいうなれば薬剤性の双極性障害ですね。)

女医さんは、「抗うつ剤の飲み過ぎによってハイな状態が作り上げられ、それが気持ちいいと感じられるようになって、その状態を続けたいと思考するようになってしまった、そこが本当の自分だと思うようになってしまった。」

薬剤性の双極性障害。


もう1人の男性の主治医はあっさり、「いや、元々、双極性障害だったんですよ。」と断言された。

3環系を一定上飲み過ぎると扇動されるのはよく分かるので、女医さんは、薬の上限を今回設定した。調子が悪くてもこれ以上は飲んじゃいけないと言うこと。

それから、非定型抗精神病薬はどれも僕には食欲亢進の副作用があるので出来れば避けたい。

女医さんは抗うつ薬+リーマスで行きたいと。

男の先生は非定型(セロクエル)+リーマスで行きたいと。

しばらくしたら、主治医をまた1本化して行かなきゃならないな。

皆さんも良いお年をお迎えください。

どこまでも希望を持って、諦めない事の大切さ

昨年の10月のセッション10を終了してから1年が経ちます。
一時、減薬に成功し、抗うつ薬は断薬していました。

そこからの1年間、今日まで、僕の中ではかなり悪い1年間になってしまいました。
潰瘍性大腸炎が悪化し、それと同時にうつ病も再発し、入退院を繰り返し、辛くてマインドフルネスの課題実行もやめてしまいました。講師の先生からの叱咤激励のメールにも激しく落ち込んだり、怒りの感情が沸いたり揺れ動きました。

1年間、ろくに働くことも出来ず、妻には本当に辛い思いばかりさせてきました。

寝たきりになり、死ぬことばかり考えたりしていたこともあります。
薬の副作用からか、過食になり体重が約15kgも増えて、醜い体になってしまいました。

今年7月には、希死念慮の悪化から主治医からECT(電気ショック療法)を試してはどうかと他院に転院し、約3週間入院しました。結局、転院先の先生が適応でないと判断し、薬物療法と作業療法を行っていました。そこでは、Ⅱ型双極性障害を疑われ、リーマスの服用も開始しました。

退院後、9月に復職にも挑戦したのですが、2日で行けなくなってしまい、そこからまた寝たきりで、生気の失せた廃人の様になってしまいました。

そして9月初めから、主治医の病院へ再入院となりました。

主治医は「おだやか君は双極性障害じゃないと思う。うつ病が良くなったときにうれしくなった反応で気分が高揚するだけよ。」とおっしゃいました。

2週間アナフラニール点滴0.5A行いましたが、反応なく、定期診察で主治医が「点滴は隔日にして、内服でいきます。」とおっしゃいましたが、何故か私は、「先生、アナフラニールをもっと増やしてください。」とお願いしました。

何でお願いしたのか自分でも分かりません。後日、主治医は「あの時、おだやか君の体が薬を欲したのね。」とおっしゃっていました。

そこからまた1週間、アナフラニール点滴1A行いました。

3日目位からでしょうか、些細なことで涙が止まらなくなり、感情失禁のような状態が出始めました。将来への悲観的憶測をしては泣き、面会に来た妻子を見れば泣き、自分ではああ、また悪化したか…とばかり思っていました。

次の診察の日、主治医にそのことを伝えようと、ノートに書いた自分のこの1週間の症状を読み上げました。

診察室で子供のように泣いてばかりいて、主治医に何も伝えられなくては困ると思い、事前にノートに書いておいたのです。

僕がそのノートを読み終わると、主治医は、「それはね、おだやか君がやっと現実に戻ってきたのよ。実際、現にこんな状況でいつまでもいたって、いろいろ困るでしょう?やっと、いろいろ考え始めることが出来るようになったのよ。今までの、何考えているか分からない表情で、死んだようになっているおだやか君から、感情が出始めたり、色んなことに気づいたり、考えたり出来るようになって、今のままじゃ困ると将来のことも考えたり出来るようになって、感情がやっと出始めたのよ。悪くなってるんじゃなくて、やっと、良くなってき始めたのね。でも、ちょっと薬が効きすぎたかしら。まあ、そのうち、涙は止まるわよ。でも、死んでもらっちゃ困るけど。(笑)」

それで、僕は、自分の症状の意味が氷解しました。
解釈が180度変わり、合点がいき、衝撃的でした。

精神科医の言葉は薬になります。
先生が紡ぎ出した言葉が患者の心に反応し、シンパシーを感じるようになるとき、薬のように患者の心に染み渡る。きっと、精神科医の先生もそこにやりがいを感じるのではないかと僕は思います。

僕は、改めて、主治医の凄さを知りました。
そのくらい僕にとっては劇的な出来事でした。

今まで、いろんな抗うつ薬を飲んできたけれど、自分にはアナフラニールが良く効くんだということを学習しなければいけません。(あとは、デプロメール)

その間、母がずっとマインドフルネスの先生と電話で連絡を取り合っていたみたいで、この10月から1からやり直すことにしました。

今は短時間呼吸法と視覚傾注訓練を毎日行なっています。

僕は悪化して病床にいるときも、どこまでも希望を持っていました。

死んだようになっていても、心の中に希望を持つことだけは出来ます。

どんなにうつ病が悪化しても、またきっと良くなる日が来ると。

マインドフルネスでは断薬を最終的には目標としているけれど、僕は断薬をしないことを決めました。ある程度の自分にあった薬(アナフラニール,デプロメール)を飲みながら、マインドフルネスの課題を実行し、希望をもって、これからの人生を歩んで行こうと思います。

妻や両家の両親には本当に心労をかけた。すまないと思う。

これから、家族を幸せにしたい。心からそう思います。

うつ病が悪化しているときに妻と感情的に口論となり「努力しない人間は支えられない。」と言われた事がありました。

今となっては本当にそうだと思う。

どこまでも、好くなる希望を持ち続けて治すための具体的行動を起こさなければいけない、それとともに悪化したらどうするかということも妻と話し合っていかなければいけないと思います。

僕は人に恵まれ、支えられている事を絶対に忘れてはいけないと思います。

平凡に、普通に生活出来る事がどんなに幸せな事か。


やっとまた、歩き始めることが出来ました。

僕の目標は職場復帰。

僕の幸せは心の平穏。

呼吸法やっぱり大切。徐々にやっていこう。

 このところ、やり直しの課題をサボっていて、職場にも行けず、中々中途半端な日々を送っておりました。
 
 でも、今日何だか吹っ切れて、家族の為にまた頑張らなきゃって思いも出て来て、明日からまたリハビリ出勤に出て行こうと思うようにもなりました。何で吹っ切れたのかは分かりません。

 課題をサボっていて、後ろめたさみたな何だかモヤモヤしていたんですが、やはり、寝ていても良いから呼吸法だけは続けようと40分は出来ないけれども、5分でも10分でも寝ながらやっています。その他の課題は出来ていないに等しいです。

 それでも、先生はサポートを粘り強くして下さいます。本当に有り難いことです。

 呼吸法はタイトル通りなんですけど5分10分やるだけでも効果があると感じています。
 
 ただ、吐く息を長くしていると、まあ、深呼吸でも良いんですけど、腹が据わるっていうか、決断力がつく気がするのと、何故か勇気が出るような気がします。

 明日も吐く息を長くして仕事に臨みたいです。まずはリハビリ出勤(ボランティア)です。「ご迷惑をおかけしてすみませんでした。」としっかり挨拶をしてやってみようと思います。

 理解のある職場に感謝しながら。

地域で繋がる

 うつ病に限らず、どんな精神疾患でもそうであるが、増悪時に飛び込めるような医療機関があればいいと思う。今、精神科クリニックは殆ど予約制になっていて、急性増悪時に飛び込みで診てもらうことは出来ない。そういったときは薬を飲んで横になり、ひたすら次回受診まで凌ぐことになる。
 
 僕も何回も増悪しているのだが、増悪しているときは希望的観測ももてずに悶々と家の中に閉じこもる訳だが、少し体調が持ち直してくると、どこか外に繋がりを求めて行きたい気持ちになる。「リハビリの場」みたいなものが必要だと思っている。
 
 今日は仕事が休みで、兼ねてから行きたいと思っていたほたか野の花に電話をかけて許可を取って見学にいった。普段居る居場所スペースとカフェ「だもんで」(長野県の方言)を理事長さんといっしょに観に行った。カフェは就労支援事業?の申請をしているとのことだった。

 理事長さんと「おだやかさんも是非繋がって行きましょう!」と有り難いお言葉を頂いた。

 1つ居場所が増えた気がして嬉しくなった。

うつ病の増悪から脱した(と思われる)

久々の更新。

昨年11月くらいから増悪していた(と思われる)病状がようやく回復へと向かって歩み出した感じがします。

昨年末には比較的元気でマインドフルネスの課題もバリバリこなしていたような自分の記事をこのブログで掲載していましたが、その後、不安定な時期、仕事を休み、引きこもる時期等を経て、ようやくリハビリ出勤を開始することができるようになりました。

ここのところは1年ごとに再発増悪を繰り返している。

再発は嫌です、嫌なもんです。

どうしたら再発増悪を未然に防ぐことができるのでしょうか?

マインドフルネス心理療法をもう1回、1から学び直すことなのでしょう。

しかし、今は何もやっていません。
課題実行を怠っています。

もう1回やり直すところまで自分の意欲が戻ってゆくようになったら、仕事と共にもう1回学び直してゆきたいと思います。

自分としては結構課題もこなし、勉強もしていたので、もう身に付いたかなあと持ったのですが甘かったみたいです。

20年もうつ病をやっているとそう簡単に完治とはいかないみたいです。
当たり前かな。。。

不快事象があっても何とかやってゆける。と仕事で思う。

 11/6/29のブログにも書かれていますが、最近になって、やはり不快事象の受容(というか自分は受け流す、関心を持たないといったニュアンスの方がぴったり来る。)が良く出来るようになると、うつ病の治る治らないはあまり自分にとっては関心が無いことになってきました。

 入院して2週間、落ち着いて来てからはずっと薬物療法とマインドフルネスを実践していました。今週は病院から職場に通いました。今日で自分の仕事納めでもありました。明日退院します。1週間で退院しても良かったのですが、薬物療法も再開した事だし、何か不快事象が起こった時に受容が出来ない場合、ベッドがあるのは助かると思ったからです。

 私にとって、他人からみれば、本当に細かい事、どうでも良いと思われる様な事でも、小さな小さな不快事象になることがあります。
 
 不快事象は主観的なので私が不快だと思っていても、その事象について他人は全く思っていない事も多々あります。
 
 私の場合、例えば、「この歳になって、未だに容姿にコンプレックスがあって鏡でチラチラ見ることがある。(見ても見なくても変わらないのに)。」「床屋の次の日に出勤するのが何となく気が重い気がする。」「職場でのコミュニケーション、伺いを立てるときの相手の表情が気になる。顔色を気にする。」「挨拶を自分からするかどうか迷う。」「些細な事で怒りの感情が涌く(これは薬物療法でもかなり抑えられる)。」「朝、起きたときの気分が悪い。」などなどです。一般的にはこれらの不快事象は精神科医が対処する問題なのか?と思うかも知れません。

 そんな時に呼吸法と自己洞察をして「その小さな不快事象を感じているんだな。」と自分を観察します。観察しながら呼吸法をしていると、たいていの事柄で起きる心の動揺は1分くらいで小さくなってゆきます。そうして、いまの自分のやるべき事をやろう、合目的行動を起こそうと言う気持ちで、次の事に目を向けてやり出すと不快事象があっても何とか次にやるべき事をやることができます。不快事象が完全消滅しなくてもそれを感じながらでも物事を進めることができます。

 仕事において、うつ病者(私の場合)は、コツコツ物事をこなす事は比較的得意ですが、環境の変化に弱く、何か自分に想定外のことが起こると柔軟に対応出来ずに悩みが深くなっていってしまう事があります。そんな時にどう対応するかということについては、以前に比べるとかなり智慧なるものが涌くようになって来たように思います。「どうしたら、この状況を打開出来るか?優先順位はつけることができるか?」など静かに呼吸しながら自分の心の中で問いかけます。
 
 また、自分でいうのもなんですが、過剰に他者配慮的であり、自己犠牲的であることがあります。まず、自分がしっかりしていなければ他者配慮など出来ません。
私の場合、自分のことをまずしっかりやる。精神的に自立する。事が大事です。いざと言う時に助けを求めることができるのも大事な事です。

 過去は消え、未来は来ていない。
 「死生命あり、富貴天に在り」「一日一生」「人間万事塞翁が馬」
 今一瞬を生きようと思います。

過去未来、そして現在

 「あの時ああすれば良かったと後悔する、あの場面を思い出すと怖い、不安になる。」等の思考で過去を思い出す。「明日、◯◯があって不安だ、◯◯があるから不安だ。怒られるんじゃないか?絶対に上手くいくはずが無い・・・」等の思考で未来を予期します。 
 
 過去や未来の事は思い出す事によってネガティブな感情を引き起こします。楽しい未来のこと(旅行に行く、友達と会う等)を思うとワクワクしたり等ポジティブな感情を引き起こします。
 
 しかしながら、過去や未来の事を思う、そう思うのは今ここ現在の自分の作用で、今ここ現在に過去や未来のことがリアルに起こって、今まさに体験しているのではありません。現在の過去未来を思い出す思考によって感情、気分が起こります。

 それらに圧倒されてしまうと、ネガティブな2次的3次的な感情を引き起こし、それらが不快な気分を引き起こし、思考の連鎖にはまってしまいます。
 
 そうではなくて、過去や未来の出来事を今ここ現在の自分が思い出す、つまり思い出す作用のみがリアルです。過去や未来が今ここ現在に実在しているのではありません(よく考えると当たり前ですが・・・)私たちは一瞬一瞬現在の連続で生きており、過去や未来の中で生きているのではありません。

 だから、自分の人生の価値、願いは何なのか?という事をよく考えてそれに沿った行動を決意して行うことが大切だと思います。
  
 何度も同じことを言うのですが、後悔しても心配してもその種は過去未来ですが、後悔してる、心配してるその作用は今ここ現在の作用で、過去や未来のことが今ここで実際に起こっている訳ではありません。
 
 吐く息を長くしながら、後悔や心配、不安の作用を自覚しながら、「今やるべき事」を行う。「今やるべき事」を後悔心配不安を感じながらでも達成するとそれが自信に繋がり治療に貢献すると思います。そういった経験、体験を積み重ねる事がうつ病(おそらくパニック障害や不安障害も)の快復には大切です。「ああ、色々と考えは考えたりもしたけれど、やるべき事はやったじゃないか。自分の意志で行動することができた!」っていう経験体験の蓄積が大切です。こういう所は行動療法(暴露療法)に似ている気がします。

病気と公的給付制度、これからの生活

 私は現在、2つの慢性病とおつきあいをしている。
 
 1つは内因性うつ病、もう1つは潰瘍性大腸炎、更にもう1つ加えるとすれば高血圧症(これは確実に遺伝の要素があると思っている。)である。

 うつ病に関しては自立支援医療受給者証(精神通院)と精神保健福祉手帳3級を持っている。これによって、1ヶ月の医療費の支払い上限が所得に応じて決められている。
 
 潰瘍性大腸炎に関しては特定疾患(つまり難病)に指定されているので、特定疾患医療費受給者証を受けて、やはりこれも1ヶ月の医療費の支払い上限が設定されている。
 
 その他に、私の住んでいる自治体は精神保健福祉手帳を持っていると、その自治体の福祉医療受給者証が所得に応じて発行される。これは、1レセプトあたり500円を引いた額が戻ってくるという制度である。(つまり保険診療における自己負担額は最終的に1レセプト500円)

 これら3つの制度に随分と助けられている。(特に福祉医療受給者証)
 
 以前、住んでいた自治体は福祉医療受給者証を受ける条件として「精神保健福祉手帳を有する者」は含まれていなかった。

 こういった、公的な給付制度、社会保障制度、障がい者施策は非常に大切である。もし、これが無かったら、健康保険で3割負担は私の所得では重すぎる。受診抑制がかかるだろう。この制度のお陰で、病気とお付き合いしながら働けているし、そこそこ人生を楽しむことができる。有り難い事だ。

 福祉医療受給者証の制度は、今住んでる自治体の保健福祉センター福祉課の職員から教えてもらって初めて知った。こういう制度は自治体が広報等でアナウンスしないと皆知らないと思う。(意地悪な見方をすれば敢えて、知らせないと言う事か・・・自治体の財政を考えて、申請に来る者だけを対象としているみたいな・・・)明らかに知らなきゃ損である。

 もし、うつ病やその他の病で苦しみ、経済的に余裕が無い様な方は住んでいる自治体の福祉課等に使えそうな社会資源があるか相談してみると良いと思う。自発的に動かないと状況は変わらない。

 僕は団塊Jr世代であり、僕が後何年生きるかは天のみぞ知るところである。今回は国会で見送られたが、2、3年後には年金の支給開始年齢の引き上げ、物価に合わせて年金支給割合の引き下げ、また、40歳になれば介護保険料の負担が発生する、消費税は上がることも確実だろう。世帯年収は下がり、超少子高齢化が2050年頃まで続いてゆく。2050年で僕は75歳。健康で生きていれば働かなくてはならないかなあ・・・終身労働かもしれないなあ。就職先が見つかればの話だけど。今の職場で定年後、何年雇ってくれるのか分からないけど。財産という程のものはないが、娘には生活に困らないように出来るだけものを残してあげたい。

 しかし、まあ、そう悲観する事も無い。やはり、働いて体を動かしていた方が心身に良い影響を与える事は身を以て分かる。僕にリタイアは無いのかもしれない。となると、定年後のセカンドライフなんてあり得ない(と思っている)ので、僕は今から程々に人生をエンジョイしないとなんて思っている。

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うつ病における精神科医の役割と患者の役割

 現在の主治医にかかってもうすぐ20年になります。良いときも悪いときも不信感を抱いたときもありました。それでも、今の主治医を信じて来たと思います。
 
 前回の診察の時に、主治医に「他の病院(と言うより精神科クリニックの方が多いと思うが)から来た患者さんは多いですか?」と質問してみました。
 
 主治医は「他の精神科ユーザーから口コミで来るらしい」とのことで、患者にどうして転院して来たのかを聞くと、「前の主治医は話を聞いてくれないから」と言う理由が圧倒的に多いということでした。
 
 実は主治医の病院は精神科を標榜していません。
 
 初診時ならまだしも、精神科クリニックで,再診で先生が長時間話を聞いてくれる所はそうそうないと思います。そう感じている方も多いのではないでしょうか?
 
 再診時にも十分に話を聞いてくれるクリニックがあったならば、それは、経営的に余裕があるか、自由診療だと思います。後は、その精神科医のポリシーとかやり方とか、利益度外視で自分のスタイルでやっているとしか思えない。
 
 精神科クリニック(精神科に限らずどの科もそうだと思うが)は普通は沢山患者を診ないと儲からない仕組みになっている。精神科医に自分の言いたい事が言えず、精神科医側も「お変わりないみたいなので、同じ薬を出しておきますね。」で終わってしまう診察を経験された方は沢山いらっしゃると思います。
 
 しかし、話をよく聞いてくれる医者が良い精神科医かと言うとそうでもありません。主導権を医者がしっかり握って(当たり前か)患者の話から状態を見極め、困っている事に端的に断定的にアドバイス出来る事(薬物療法であれば、薬の作用、副作用の説明。また、行動療法なら生活習慣の指導、社会復帰の時期の見極め等を話すこと。)が私が考える良い精神科医の条件だと思います。

 患者にも大事な役割があります。それは、医師のアドバイスを受けて自分が行動を起こせるか否かということです。四六時中、医者が傍らにいてくれる訳ではないし、それは医師の務めではなく自分の務めです。いつまでも医者に寄りかかっていてはいけません。

 また、医者との相性と言うのもあると思います。「この先生は何となく自分に合ってる気がする。」「何となく話しやすくていい」とか。そういう雰囲気を醸し出している先生に出会えると良いですね。しかしながら、その先生が本当に疾患を治癒させることができるかどうかはまた別問題です。相性がいいから話しやすいから何かといえば受診すると言うのでは依存的であると思います。精神科医は人生のよろず相談所ではないし、自分1人の専属医ではありません。
 精神科医が患者の様々な問題に対してどこまで介入するのか?そのバランス、距離感が難しい問題ですね。精神科医が薬物療法以外に環境要因や個別の問題(支えてくれる家族、家族の精神疾患に対する理解度、経済的困窮。職場の理解、1人で生活していて孤独感に苛まれている、社会的に差別されている等)にどこまで対応するのでしょうか?精神保健福祉士や臨床心理士がある程度役割分担をしなければいけないと思います。
 
 話は少し脱線しますが、私は昔、ドクターショッピングを繰り返していた時期があり、色んな精神科医と出会いました。

 その内の1人でパキシル(抗うつ薬の1つ)ばかりを出す医者がいました。そこクリニックを受診し、うつの症状を訴えると必ずパキシル(SSRI、抗うつ薬の1つ)を出されます。何がどうあろうとうつにはパキシル一本槍。ある日、その医者がふと「だって(患者さんを沢山見て、薬を出さないと)ペイ出来ないんだから。」と言ったのを聞いて、医者を変えようと思いました。患者を多くみて、パキシルだけ処方し、再診で回すように僕には見えました。

 僭越ながら、そこに精神科医としての懐の深さも無く、精神科医療の奥深さのかけらもありませんでした。そのクリニックはいわばパキシル薬局、パキシル医者状態で、極端なことを言えば僕でも代わりが出来ます。私には精神科医にはみえませんでした。幸運にもパキシルが上手く合って、随分良くなった患者さんもいるでしょうが。

 決断不能、昏迷状態の様なうつ病の重い時ではなく、ある程度快復したら、精神科医に過剰に寄りかかるのではなく、アドバイスと投薬を受けながら自分で動き、得られた経験を大切にすべきだと思います。その1つがマインドフルネス心理療法でした。誰かの押しつけではなく、自分が行動した事によって経験が蓄積され、思わぬ収穫もあるかも知れません。

 「案ずるより産むが易し」です。

うつ病の増悪について

 色々とあったのですが、イライラといいますか、怒りの過敏状態といいますか、箸が転がっても怒る(造語)ような状態になり、月曜日(19日)の出勤時にそんな自分が悔しくて、自分なりに努力して来たのになあ等と言う思いもこみ上げたりで、悔し泣きを朝からしてしまった。その日は出勤時間までに精神状態を整えることができず、結局、欠勤して主治医緊急受診と相成った。
色々な伏線はあった。 何がストレスになったか分からないのだが、自分にとって色々な出来事が最近あった。

①身の丈に合った住宅を購入、ご近所さんに迷惑にならないように庭木を手入れしなければならない、しかし、切るものが無い・・・それだけで過剰にイライラしたり、伸びた木が気になったりする。そのときはやけに細部にまで気になった。後は近隣の方々にご挨拶回り。
②養育費減額調停での話し合い。離婚調停以来、人生で2回目の裁判所出頭・・・
③潰瘍性大腸炎での血便がここ1ヶ月半以上続いたこと。これは、血液検査的に何とも無くても、毎回トイレの中が血で真っ赤になるのをみると凹むし、不安にもなります。
④鼻風邪が長引く・・・これは軽微なものですが、何か潰瘍性大腸炎とリンクしていたのでしょうか?
⑤子供がしょっちゅう愚図り出すようになり(これが魔の2歳時の始まりってこと?)言う事を聞かなかったりすぐ泣きわめいたりするのでイライラする。(普段はそんなにイライラせず、穏やかな気持ちでいられるのに。)
⑥仕事において症例検討を引き受けた事(これは別に引き受けなくても良かったがあえてやってみようとその時は(ここ大事)思った。)

 今は家では子供がいて静かに休息するのは難しい。なので、レスパイト的入院を20日の再診で主治医に頼んだ。
 今回①~⑥まで、うつ増悪の刺激源になったと思われるものを挙げたが、どれか1つ決定的に引き金を引いたと言う訳ではないように思う。

 上記に挙げた他にも色々なストレスがあって、それを上手にマインドフル(造語)に処理出来なかったのだと思う。

 今回は、今までこれだけ一生懸命やって来ても何故これほどまでに憎悪するのかと言うことを考えてしまい、それを考えているうちに悔しいやら怒りやらで、家のファンヒーターを拳でつぶしてしまった。(衝動的欲求に基づく行為)その後になって、凹んだファンヒーターが故障せずに運転するのをみて、後悔の念や落ち込みが湧いて来た。(後続結果の推測が出来ていない)今回は自分の身に起きる不快事象を気づいて、自分の価値・願いを思い起こして、それに合致した行動選択が出来なかった。まだまだ未熟者。一時の感情に任せて行動するのは従来のパターン(うつ病が増悪してゆくパターン)である。まだまだ、マインドフルネス心理療法のスキルが身に付いていない、習慣化されていない証拠だ。

 平井孝男先生の「うつ病治療のポイント~長期化とその対策」にも書かれていたと思うが、うつ病が再発(増悪)したらそれを「治療的に利用」しなければならないと思う。悪化した、じゃあ今度からはどう対応するべきか予め対策を立てる必要があります。どのようにすれば、そこまで悪化せずに済むかを自分で考えなければありません。「何で自分はこんな事で落ち込むんだろう?」とか、「自分が弱いからいけないんだ」とか答えのでない原因詮索や自己の過小評価でなく、憎悪の兆候をいち早く察知し、自分の目標を強く意識しながら、無評価で観察し、そのまま呼吸法を続けながら、行動を起こすか、休息するか、行動選択をしなければいけない。今回のレスパイト的入院も行動選択の結果であるが、出来れば、入院する程悪化する前に何とかしたい。早期発見早期治療は癌やら他の病気と一緒です。いわば心の人間ドックを自分でやるのです。それが自己洞察だと思います。

 自分の過去の出来事から原因を探したり、弱さを嘆いたりするのは治療的でない。そうではなく、それらをひっくるめて呼吸をしながら自己洞察を入れて、自分を信頼し、自分の願い(健康で出来るだけ長く働き、家庭を養う)の方向の行動を選択していかないといけない。

 主治医は「おだやか君が1ヶ月程前から落ちて来ているのは感じていたよ。(じゃあ、何で1ヶ月前に指摘して、何かしらアドバイスなり薬の服用を言ってくれなかったんだろうっていう疑問があるけど・・・そろそろ自分で気が付けよってことなのか?学習しろよってことなのか?)」とお話しされた。 そして、「おだやか君のうつ病が増悪する際には必ず軽微な兆候があるので、自覚するに越したことはないが、自覚出来ない事もあるので、一番近くにいる奥さんにそういった軽微な変化、何となくいつもと違う感じを言葉で指摘してもらうのが良い」と言う。例えばその軽微な兆候とは、仕事における愚痴が多くなる、他者不信感をあらわにする、家庭でも文句が多くなる、些細な事でイライラ若しくは落ち込む、ヘアスタイルや容姿,服装に関して過剰に気にする、過去を振り返っている、うつの原因詮索をしている、相手の言葉や表情、音に関して過剰に反応する(妻との会話や表情、子供の泣き声、だだをこねたときの怒る)等。後は自分が話しかけてるのに無視されたように感じることがある(多くの場合それは事実ではない。)これは自分で洞察して気づくしか無い。

 しかし、その軽微な変化を自覚して受診するにしても月・火・土の午前しか外来やってないしなあ、じゃあ、他の曜日に増悪したらどうしようか?若しくは今の主治医がいなくなってしまったらどうしようか?レスパイトできなくなってしまう。自宅で何とかリカバーするしかない。今回も近隣の精神科病院に電話をしてみたが、1カ所はどうも満床らしい。もう1カ所はその病院の医師が診察してからでないと入院が出来ないと言う(当たり前と言えば当たり前だが)。殆どのクリニックは予約制でしかも紹介状が必要、ベッドを持つ病院でもすぐに紹介状無しでレスパイト入院出来る所等殆どないのではないか?駆け込み受診出来る所が少ないのではないか?

 でも,上記は明らかに予期不安だから、増悪したとき考えよう。その時に判断すれば良いことだ。今は今やるべき事をやろう。(今ここ現在の自覚)

 今回、主治医から、やはり抗うつ薬を維持量毎日飲むようにした方が良いと言う提案をされた。嫌だと言えば嘘になるが、これもまた、今回の様な増悪まで陥らなくて済むように主治医が提案してくれたのだから飲む事にしようと思う。抗うつ薬を飲む事で自分の目標に向けた行動の助けになるとしたらそれはそれで良いことだと思う。それもOKとしよう。

 今回は、1週間以内にリカバー出来たのでよしとしよう。有休は大分減るけど(笑)。

 主治医も指摘したが、今の自分は、自分は妻に支えられ、職場の理解もあって働けるし、主治医がしっかり診てくれて、必要とあらば入院もさせてくれるし、マインドフルネス心理療法の考え方も身につけた(まだ発展途上中)し、自分は恵まれていると思う。

 しかし、これもまた、自分で行動しなければ何も変化が起こらない訳で、ただ自分だけの世界に閉じこもって悶々とするのではなく、治したいという願いを持ってその方向に物事が行くように決意して行動を起こした結果だと思う。自分から行動すると世界が変わるとはこの事か。(少し大げさ)
 
 うつ病を治したいと思うならば、自分で思考判断して、とりあえず何かしらの行動を起こしていかないといけないと思う。自発的に行動が起こせない人は家族等自分の状況をよく知っていて理解を示してくれる人に援助を求めながら一緒に行動してゆかないといけないと思う。

 普段から、自分の病気について理解を示してくれそうな人を1人でも多く作っておく事が大切だ。
 
 しかし、皆が皆、この疾患に関して理解を示してくれるとも限らず、難しいところだが、それでもなお、援助を求めて行動してゆかねば道は開けない。

 繰り返しでしつこいが、うつ病に限らずどんな病気でもそうだが、治す(今よりも良い状態にする)にはどう行動していくのが良いか常に判断し、行動を起こしてゆかないといけないと思う。

 そしてその行動の結果を評価判断しない。行動した自分をそのまま肯定してあげるべきだ。

 そうやってまた次の一手を考えてゆく。

 う~ん、自分、成長したなあと自画自賛。しかしながらまだまだマインドフルネスが身に付いていな。油断禁物にてまた、頑張って日々課題をこなしてゆこうと思う。

うつ病と労働

うつ病だからといって、働けない訳じゃない。むしろ働きたいと思ってる患者は多いと思う。社会が追いついてないだけだ。自分で働いて、自立して生活出来る喜びを1人でも多くの患者が持てる様な環境になればいいと思う。無い物ねだりをしても仕方が無いので「今」自分のすべき事をするだけ。

認知症・・・



や〜、樋端先生のスライドは分かりやすい・・・

主観を排す

 日々、生活していると、色々な音を耳から、視覚情報(光景、人の表情、所作など)を目から、胃痛や頭痛やだるさ,吐き気、動悸などを各内臓感覚から、それぞれ、脳を介して感じますね。
 僕の場合、マインドフルネス心理療法を勉強する以前は、特に人間関係において、他人の言葉や、表情を、自分で勝手に解釈し、うつ・不安を招いていたことがよくありました。
 そのこと自体は、マインドフルネス心理療法を勉強する前から気づいていたのですがどうすれば良いか分からなかったのです。
 これは、今の自分も完全には出来ないのですが、他人の言葉は単なる「音(聴覚情報)」として、表情や所作は「モノ(とでもいおうか、視覚情報)」として、それぞれを「対象」として、自分が感じている(聞いている、見ている)「作用」を、時に吐く息を感じながら、もう1人の自分みたいなものが、そのままに、眺めている・・・
 そんなイメージで、対象(感覚器から受け取る情報)と作用(それを感じていると言うこと)を眺めているもう1人の自分(内なる自分)を働かせると良いかなあと思います。
 そして、今自分が為すべき本当の事(目標、価値、願いに合致したと思う行動)は何か?を選択して行動するようにします。行動の結果は評価しません。吐く息に集中して次の行動を選択してゆく事の連続です。
 理想的には、これを起きている時間全てに及ぼしたいです。
 僕の職場に、「あれ?怒ってます?」と言って他人の顔色をうかがう女の子がいるのですが、昔の自分はそういうの良く分かるなあと思うのですが、今は何とも思いません。
 人間、考えないと脳に「空き容量」が生まれます。そこに、支えてくれている人への感謝の思いとか、生かされている喜び(呼吸が出来る、ご飯が口から食べられる、目が見える、言葉が話せるなど)とか、肯定的な思いを入れてあげると良いかなって思います。
 結局、自分は自分以外の他人、つまりは、全ての人に支えられて生きているのかも知れません。
 嫌だなあと思っている他人もそれは裏を返せば、そういう他人と上手く付き合う術を教えてくれているのですから、何とか折り合いを付けて、やってゆくチャンスとも言えます。
 嫌だなあと言う気持ちはそれを「作用」として感じながら、吐く息に集中して、自分のすべき事をやっていれば良いと思います。
 それから、特にうつの人は、朝、理由も無く調子が悪い日があると思います。
 あれは僕の私見ではコントロール不能なので、放っておくのが良いです。(そんな簡単にいえない程、辛いですけど・・・)
 できれば、ただ、息を吐きながら、強制的に動くと良いと思います。回復期の人です。
 僕の場合は、そういう時は、朝、シャワーを浴びていました。そのお湯が体に当たる感覚や、シャワーの出る音や、温かいと言った感覚をそのまま感じて、もちろん、調子の悪さも感じて、呼吸法を同時にしていました。
 その内に、朝の調子の悪さは減ってゆきます。今でも、たまに調子の悪い日はありますが、呼吸法をして動けば消えるので、気にしないことにしています。リハビリが必要みたいです。
 仕事に行っている人で、朝の調子の悪さに出勤ギリギリまで悩んでいる人はいないでしょうか?
 僕は何回もありました。
 そういう時は、客観的に見てくれている人に、出勤か欠勤かを決めてもらうのも良いと思います。本当に辛いと決断力も失われてしまいますから。
 僕は、気分が酷いとき、妻が欠勤を決めて、電話までかけてもらったことがあります。
 1人暮らしの人などは、呼吸法をして、出勤ギリギリまで苦しく思い煩うようであれば、欠勤する方が良いと思います。それが病気からの症状であると言う事が自覚出来て、「怠け」「余裕が少しでもあるのに回避」とかの本音が自覚されない場合です。
 欠勤の電話を入れたら、その後に後悔や後ろめたさを感じる人もいるでしょう。それを長引かせていると、うつが改善しないし、折角の欠勤で出来た時間が勿体無いです。
 なので、その日は「呼吸法の日」にすれば良いのではないでしょうか。
 後悔や後ろめたさや調子の悪さや同僚の顔や色々浮かんでグルグルするでしょうが、そういうものに名前をつけて、感じていると自覚して呼吸法をしていましょう。
 そして、出来るだけ動くと良いです。
 まずは、ふとんの中で寝返るとかからでも良いと思います。その内に催してきたら、トイレに行くと決めて、トイレに行く、用を足しながら呼吸法もしている、後ろめたさ諸々も感じているともう1人の自分みたいなものが眺めている・・・
 お腹が空いたら、それを感じながら、呼吸法をしている、何が作れそうなら、買いにいけそうなら、そうしてみるなど・・・そして吐く息に集中する事に戻りながら・・・
 そんな日々を過ごしているうちに、自分で考える事がうつや不安の種になる事に気づくと思います。
 自分の思考や感情からなるべく離れる事が出来るようになると良いと思います。
 主観をなるべく入れない、入れたら、観ていると言う事だと思います。
 復職してから、自分はこういう日々が続きましたが、大分楽になりました。
 自分がコントロール出来るのは今の自分の行動だけです。過去はもう無いし、未来はまだ無いです。
 自分のことを自分で判断して決断して行動することができるようになると大分、他人に振り回されなくなるようになります。
 失ったもの、治らない病気、遺った障がい、降り掛かって来る不快な出来事、そして天命(寿命)は自分はどうしようもありません。なので、悲しいし、悔しいけれど、それも全て感じている自分を眺めながら吐く息に集中して、次の一手を自分で打っていけると良いと思います。
 うつ病も諦めずに治りたいと思って努力すれば何とかなると思います。
 僕もまだまだ道半ばですが、頑張ってゆきたいと思います。
 自分で動かない事には、物事は変わってゆきません。

つながりを持って生きる。

 僕が勤務している老人保健施設で96になるおじいさんが病気のおばあさんを介護しながらケアハウスに入居していて、週に何回かデイケアに来る。
 そこで、リハビリをしながら、世間話をするのだが、今日は2人の生活費の話題になった。
 病気のおばあさんを介護しながら、夫婦2人の生活費は40万円程だとのこと(但し、妻の医療費を除く)
 ・・・
 何かの間違いじゃないですか?と思わず、口に出しそうになった。

 いや〜、僕らの老後は清貧の思想でいくべきか?
 
 なるべく、丈夫で長く働きたい。しかし、思わぬ病気に罹って、まあ、それが不治の病だとしたら、まあそれも天命かなとも思う。その時の環境で出来るだけのことをして、それでも治らないなら、残りの人生を心豊かに生きようと思う。

 方やそんな生き方を地で行っている90歳のおじいさんのリハも僕は担当。下肢の筋肉が萎縮する難病で現在は車椅子生活。右眼は失明。妻は25年前に他界して、難病発症までずっと自分で家事全般をこなして1人で生きて来た。このおじいさんは僕の老後のロールモデルだ。知的にはしっかりされているので、コミュニケーションがとれる。実に温厚で、ニコニコしながら毎日とある宗教の本を勉強している。

 ある日、そのおじいさんに「おじいさんが25年間、孤独感に苛まれずに1人で生きてこられたのは、やっぱり、地域とのつながりとか、信仰とかそういう部分が大きいでしょう?」って単刀直入に聞いてみた。やはり、思っていた様な答えが返って来た。

 おじいさんは決して「1人で生きて来た。」のではなかった。そこには、地域の繋がりや信仰の繋がりがあり常に家に人が出入りする環境にあったのだ。鍵も要らない、無縁社会等とは無縁なお一人様人生を歩んでこられたのであった。金銭的には決して余裕は無いはず、着るものも最小限、出された食事、介助を受け、後は1日、片目でボロボロになった宗教の本を丹念に読む毎日。「100まで生きてみたい。」と穏やかに笑う。決して、満足のいくケアを受けていないのだが、ありがとうと笑って、流す。執着しない、恨まない、。不平不満も言わず、風のようにさらっと生きている。

 醸し出す雰囲気がたまらなく、僕は、憧れる。あんな晩年を送りたい。孤独でも、穏やかに天命に任せて、自分の役割を持って今を生きている。

 きっと、自分を見つめ、真面目に丁寧に生きて来たんだろう。そして、人との関わりを持ちながら、今を生きて来た結果の「今」なんだろうな。

 僕も縁があって、来年から、とある精神障害者支援のNPO法人の活動を見学させて頂く貴会を持つことになった。精神障害を持ちながら地域で安心して暮らしてゆくためには、周りと繋がる自分の居場所が無いといけない。

 それぞれの苦悩や弱さを克服するために躍起になるのも良いが、克服出来なくても、それをお互いに受け入れて、皆で補いあいながら,助け合って生きる。そんな、生き方をしてみたいと思う。自分の居場所を作るために、今から、少しづつ動き出してゆきたい。
 

備えること。その2

NHKスペシャル「シリーズ東日本大震災 助かった命が なぜ」(11月13日21:00〜)を視聴。「震災関連自殺」がテーマである。
一つのキーワードとして「喪失体験」と言う言葉が取り上げられていた。
人はそれぞれ、大切しているモノがある。
それは、主観的である。

家族、友人、仕事、故郷、苦労して建てた家、今まで苦労して積み上げて来た、大切にして来たモノを失う時、人は、生きる希望を失ってしまう。心の糸が切れる。

TVに出て来る人々を視て、ああすれば良かったのに、こうすれば良かったのにとか迂闊に言えない自分がいる。

僕のうつ病の発症の仕方と原因が違うし、喪失体験が起こす、心の壮絶な無力感が中々想像出来ない。

苦悩は主観だがら。

僕は、マインドフルネス心理療法を勉強してから、「人はそれぞれ、他人に言えない様な、苦悩を背負って生きているから、願わくば、その苦悩を想像する力を持ちたい。」と願うようになったが、それにしても、東日本大震災関連、福島原発関連で人々が背負うことになったそれぞれの苦悩は如何ばかりだろうと。

主観だから、迂闊なことは言えないのだ。

ただ、迂闊には言えないけれども、やはり、そんな絶望的な苦悩の中でも、ヒトと繋がろうと、動いた人が人との関わりの中で新たな心の張りを見つけ、喪失体験を癒してゆくのではないかとなんとなく感じた。

まあ、そんな簡単なことではないことは、当然なのだが、それでも、なお、人と繋がって生きてゆくことが、喪失の傷を癒し、前を向いて歩いてゆくスタートになるのではないか?

そこからまた、苦悩が続くのだろうけれども、孤独でない、一人で苦悩の連鎖に入らないことが事態を深刻にさせない役割を果たすのではないか?と思った。

来るべき絶望に遭遇しても、なお一筋の光を見いだす智慧を身につけるべく日々修行。

備えること。

私は仕事柄、高齢者と接する機会が多い。今の高齢者の世代はちょうど、経済の成長と共に歩んでこられた方々である。基礎年金だけで、最低限の介護サービスは一応受けられる。公助がある程度機能している。そこに、企業で長年働いて来た方だと厚生年金やら貯蓄やらで、それなりの生活は出来るはずだ。ふつーに働いていればふつーの老後が送れるのが今までの日本だった。このふつーの老後とは衣食住が足り、具合が悪い時に医者にかかれるというくらいのことをいっている。
ところがどっこい我々の世代はどうだろう?
ふつーに働くことすらままならないではないか。
そんなことでふつーの老後を送ることは容易ではないことは想像がつく。

年金は当てに出来ない。
社会保障も圧縮される。
公助が小さくなる。

日本にお金がないのだから仕方が無い。否、あるところにはあるのか。
正確に言うと、所得が上がらないのだから仕方が無い。
親父達の様な暮らしぶりを今からしていたら、子供の教育、自分たちの老後が保障されない。
だから、少しでも倹約して生活するんだ。
後は、ご近所さんや色んな方との繋がり、コミュニティーを大切にすることも大事だと思う。
ネットの繋がりなんて脆いものだ。
いざという時に機能するのは顔と顔の付き合わせたコミュニケーションだ。
ネットは一助くらいにはなると思うけど。

今を生きることは、未来を作ることになる。
毎日、呼吸法をしながら、自分の願いを確認しながら、健康に留意して、淡々と仕事を続けるのが僕の願いである。そんな、ささやかと思える様なふつーの生活がとてつもなく今の僕には幸せだ。
それはうつ病患者にはよく分かるはずだ。

先日、久々に仕事にのめり込み過ぎてしまって、少し波を招いた。

こういう時は、もう、主治医の所に駆け込まなくなった。頓服も飲まない。

こういうとき主治医が何をしてくれる?
筋肉注射?点滴?カウンセリング?入院?
それで、本当にこの波を乗り越えられるのか?

いざというとき、波が来た時に、本当に頼れるのは自分だけなのだ。
自分がどういう行動をとるかによって、次の「今」が変わってくる。

呼吸法をして、強く願う、そして、次の 「今」を待つんだ。
その時まで、ただひたすら、願い、息を吸い、そして吐く。
そして、呼吸法と共に「動く」。
そうやって、息をしながら次の 「今」が来るのを待つんだ。

そうしていると、事態は自ずと変わってくる。
自ら、動けば、乗り越えられるのだ。
それが、自信になる、経験になる。
「ああ、こうやれば、薬を飲まなくても乗り越えられるじゃないか。」

今までなら、薬を飲んでも乗り越えるまで時間がかかった。低空飛行のまま、暫くうつうつしていたのが、嘘の様なスピード感で回復への階段を駆け上がる。

その代わり、波が来た時は、もう必死だ。
必死に呼吸をする。
ここで撤退するわけにはいかないんだ。
これは執念だ。
もの凄く強い意志だ。
この願いは譲れないんだ。
絶対に譲れない。

呼吸をしよう。
良い時も悪い時も。
特に悪い時は、執念を持て。
強く願え。
それだけのもの(願い)が無いと、きっと、また波に呑み込まれて、思考の渦の中だと思う。

本当は思考ではないのだ。
思考には終わりがある。
思考ではない、単に囚われているだけの話だ。
サークルを何回も周回しているだけで終わりが無く元に戻る。
そういうのは思考とはいわない。
抜け出すスキルが無いと苦しい。

本当は、こんな対象と作用の浮き沈みに苦しんでいる自分を遠くから眺めている自分を意識したい。
「おー苦しんでる苦しんでる。おー良くなった良くなった。おー調子に乗ってる調子に乗ってる。」
そこに自分は無い様な気がすることを本当に、本当に自覚してみたい。
それが出来れば、波が来ても、もう少し余裕を持って迎えられると思う。

今の僕はまだそんなところ。
磨く余地がたっぷりありそうだ。

うつ病回復期は自助が基本。

回復期を過ぎたら、自分で動かないと治らない。支援を求めるのも、リハビリテーションを行うのも、全て、自分の意志で動かないと何も変わらない。動かないと治らない。強い意志が必要。それは、どんな病気だってそうでしょ?

実践と経験から得た知識が本物だ。

実践と経験から得た知識が本物だ。幾ら本を読んでも、やらなきゃダメだ。

スティーブ・ジョブズのスピーチとマインドフルネス

 今日、放映されたNHKの「クローズアップ現代」は、先日、亡くなったアップル社創設者スティーブ・ジョブズ氏の特集だった。その中で、米スタンフォード大卒業式でのスピーチの映像が出て来た。非常に印象深かったので、全て聞きたいと思い、動画を探していたら、やっぱりあった。

 駒澤大学の山口浩先生の訳である。 http://www.h-yamaguchi.net/2006/07/jobs_2f1c.html

 彼はこの世に生を受けた瞬間から既に激動の人生を歩み出していたんですね。

 僕の中で印象に残った言葉をいくつか挙げてみたいと思います。

“And much of what I stumbled into by following my curiosity and intuition turned out to be priceless later on. ”
「そんなふうに、自分の興味と直感に従って動き回っているうちに出会ったものの多くが、後からみればこの上なく価値のあるものだったのです。」

“Again, you can't connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something — your gut, destiny, life, karma, whatever. Because believing the dots will connect down the road, it gives you confidence to follow your heart; even it leads you off the well-worn path. And that will make all the difference. ”
「繰り返しますが、先を読んで点と点をつなぐことはできません。後からふり返って初めてできるわけです。したがってあなた方は、点と点が将来どこかでつながると信じなければなりません。自分の勇気、運命、人生、カルマ、何でもいいから、信じなくてはなりません。点がやがてつながると信じることで、たとえそれが皆の通る道からはずれても、自分の心に従う自信が生まれます。これが大きなちがいをもたらしてくれるのです。」

“Sometimes life hits you in the head with a brick. Don't lose faith. I'm convinced that the only thing that kept me going was that I loved what I did.”
「時として人生には、レンガで頭を殴られるようなひどいことも起きます。しかし信念を投げ出してはいけません。私が続けられた理由はただ1つ、自分のやっている仕事(author注:マインドフルネス的には自分の取り組んで来たこと,課題って言い換えても良いかもなあ・・・)が好きだったということです。」

“If you haven't found it yet, keep looking, and don't settle. As with all matters of the heart, you'll know when you find it. And, like any great relationship, it just gets better and better as the years roll on. So keep looking. Don't settle. ”
「もしまだそれを見つけていないのであれば、探し続けてください。ひとつの場所に固まっていてはいけません。心というのはよくしたもので、見つければそれとわかるものです。そして素晴らしい恋愛と同様に、年を重ねるごとによくなっていきます。ですから、探し続けてください。ひとつの場所に固まっていてはいけません。」

“Remembering that you are going to die is the best way I know to avoid the trap of thinking you have something to lose. You are already naked. There is no reason not to follow your heart. ”
「自分も死に向かっているという自覚は、私の知る限り、何かを失ってしまうかもしれないという思考の落とし穴を避けるための最善の策です。あなた方はすでに丸裸です。自分の心に従わない理由はありません。」

 そして、以下のくだりは、まさにマインドフルネスに相通じるものを感じます。

“Your time is limited, so don't waste it living someone else's life. Don't be trapped by dogma — which is living with the results of other people's thinking. Don't let the noise of others' opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary. ”
「あなた方の時間は限られています。他の誰かの人生を生きて無駄にしてはいけません。ドグマにとらわれてはいけません。それは他の人たちの思考の結果とともに生きることだからです。他人の意見の雑音によって自分の内なる声が掻き消されてしまわないようにしてください。そして最も重要なことですが、あなたの心や直感に従う勇気をもってください。心や直感は、あなたが本当は何になりたいのかすでに知っています。他のことは全て二の次です。」

 そして最後、この言葉で締めくくられている。
“Stay Hungry. Stay Foolish. ” 「ハングリーであれ。愚か者であれ。(author注:最後の“Stay Foolish.”は、マインドフルネス的には、まだ智慧を得ていないのだと自覚し、努力し続けろ。と自分は自分に対して訳したい。)」 

 ジョブズ氏の一貫した信念と自分で決めた目標に向かって突き進む情熱は、只只、敬服するばかりですが、自分なりに私も自分の直観を磨き、自分で決めた目標に突き進んでゆく生き方をしてゆきたいと思っています。

 改めて、偉大な方だと認識しました。

他山の石以て玉を攻むべし

最近、そんな風に思った事件があった。

大阪市バス職員、刺され死亡 20歳容疑者を現行犯逮捕

以下、asahi.comより引用

26日午前10時半ごろ、大阪市天王寺区悲田院町の「大阪市バスあべの北操車場」で、同市交通局職員の江本聡志(さとし)さん(48)=大阪府吹田市=が男に包丁で刺された。駆けつけた警察官が男を殺人未遂容疑で現行犯逮捕した。江本さんは同日午後、搬送先の病院で死亡。府警は男の容疑を殺人に切り替えて調べている。

 府警によると、男は大阪市生野区の自称アルバイト森岡泰臣(ひろしげ)容疑者(20)。操車場内の事務所で、江本さんの胸を出刃包丁(刃渡り約16センチ)で刺した疑いがある。市交通局とトラブルを抱えており、逮捕時、「半殺しにしようと思って刺した」と供述したという。

 刺された江本さんを同僚が事務所から連れ出し、台車に乗せて西へ約150メートル離れた路上まで逃げて119番通報した。森岡容疑者はいったん後を追ったが、事務所に戻ったところを警察官に取り押さえられた。

 大阪市交通局によると、江本さんは市バスの事故処理を担当する自動車部の運輸助役。森岡容疑者と同局とのトラブルは22日午後8時ごろに発生。JR天王寺駅(大阪市天王寺区)近くで、市バスが通行人にクラクションを鳴らした際、自分に鳴らされたものと勘違いした森岡容疑者がバスを自転車で追いかけ、バスと接触したという。江本さんらが森岡容疑者と、壊れた自転車の補償などについて話し合っていた。

(引用ここまで)

そしてその事件の続報。

包丁所持伝わらず 大阪市バス職員刺殺

以下、asahi.comより引用

大阪市天王寺区の市バス操車場で市交通局の運輸助役、江本聡志(さとし)さん(48)が刺殺された事件で、森岡泰臣(ひろしげ)容疑者(20)が包丁を持って操車場に現れたのに、この情報が江本さんに伝わっていなかったことが大阪府警などへの取材でわかった。江本さんは操車場に駆けつけた直後、刺された。

 府警や市交通局によると、森岡容疑者は26日午前、操車場の事務所に現れ、通用口を施錠。出刃包丁を示しながら「お前ら順番にいてまうぞ」「運転手を出せ」などと、その場にいた男性従業員2人を脅したという。森岡容疑者と市交通局は、22日に起きた同容疑者と市バスとの接触事故をめぐりトラブルになっていた。

 身の危険を感じた2人は、森岡容疑者の求めで市交通局に電話をかけた際、担当者に事務所に来てほしいなどと頼んだだけで、包丁の所持など詳しい状況を伝えられなかった。110番通報もできなかったという。

 電話を受けた市交通局は、事故発生時に対応にあたった江本さんを操車場に向かわせた。江本さんは午前10時半ごろ、操車場に到着。森岡容疑者に胸ぐらをつかまれ、右胸を刺されたという。

 操車場は、市が出資する「大阪運輸振興」が運営。同社によると、従業員2人は「包丁を持った容疑者が近くにいたため、怖くて状況を伝えられなかった」などと話しているという。

(引用ここまで)

被害に遭われた方のご冥福をお祈り申し上げるとともに、被害者のご家族の心痛は如何ばかりかと思うと胸が痛い。
この加害者、被害者、関係者のように、殺人事件にまで発展することは無くとも、こういう不快な出来事はいつ誰にでも起こりうることだと思う。

色々と考えさせられ、また、タイトル通り、教訓とすべき事件だった。

自己洞察の大切さだとか、自分の願いを実現させるのも崩壊させるのも自分の意志次第なのだなとか、衝動的行動の結末とか、マイイドフルネスで言う後続する結果の推測だとか、状況に応じた価値選択行動(自己洞察し、冷静になって状況判断し、自分の意志で行動を選択する)の大切さだとか、情報伝達の大切さだとか、論語でいうところの「死生命あり、富貴天に在り」とか、毎日自分なりに努力して生きることの大切さだとか、自分を大切にすること以上の正義などないとか(確か、これも朝日新聞のbeという紙面の職場の理不尽という連載コーナーでアドバイスしていた方のお言葉でした。)うちの親父が言っていた「バカとは喧嘩するな」とか(この親父の言葉は多少語弊が在るかもなあ。)、俺だったら、相手のことを思えば、まあ、自分に非が無くても、状況をよく考えれば、謝ってはおくなあとか,それでも止められなかったのかなあとか。

まあなあ・・・感情的衝動的行為はダメよ。

感情に操られたら後で後悔しても遅い。

そのためにも、日々の課題を積まなきゃなあって思う。

マンドフルネスは単に精神疾患を回復させるスキルにとどまらないです。
人生勉強みたいなもんだと思います。
そこが薬物療法と決定的な違い。

対症療法にとどまらず、課題を実行すれば、うつ病を生かすことができる。
自分を知り、自分の長所を生かす生き方が出来る。

僕は、日々、自分らしく、愚直に真面目に生きていきたいと思います。
それが、僕にとって「自分を大切にすること」に他ならないのです。

過去に日記をアップしてゆきたいと思う。

 マインドフルネス心理療法もセッション10まで修了。山梨での講座はこれで一段落する。これからは、基本的には自分での復習をしばらくしてゆこうかと思う。
 
 マインドフルネスの課題というか、課題の実行記録に日記を書くということがある。
 
 過去の日記を徐々にアップしてゆきたいと思う。

 これを皆さんがご覧になって、参考になるところがあるのかどうかは分からないです。

 むしろ、自分の回復の道程の確認と自己満足な部分が殆どだと思います。

僕の平日は1日2時間。

 マインドフルネス心理療法セッション9を修了。残りは後1回。セッション11、12は山梨ではやらないみたい。確認はしていないけど。
 
 9月から正式に正社員1日8時間勤務を開始した。まずは短期目標実現。肝心なのは「働き続ける事」である。
 
 1日は誰しも平等に24時間。
 
 ①僕は、8時間働く。
 ②通勤諸々で1時間(累計9時間)
 ③ロングスリーパー(だと思う)にて8時間寝たい。(累計17時間)
 ④30分の運動、30分の呼吸法にて1時間。(累計18時間)
 ⑤朝食30分、夕食1時間、歯磨き身支度諸々1時間、子供とだらだら30分にて3時間(累計21時間)
 ⑥自分の趣味、新聞等に1時間(累計22時間)

 頭で考えるとこんな感じ。

 平日は1日2時間を自分に与えられている。

 流されても2時間しか流されてはいけないという意識を持つ事も出来る。

 落ち込みも反省も後悔もせいぜい2時間まで。

 それ以上は、浮かんでは消えてゆき、また浮かび、そして、いつの間にか内容は過去としてなくなってゆく。
 
 気分や思考はリアルタイム(現在)にあるけどね、1秒でも経つと過去になっていっちゃう、過去というのは変えられない。過去は全てOK。水に流してしまいましょう。過去へと流れ、消えてゆきます。
 
 例えば、音(内容)が聞こえる(感覚作用)この音をどうしようか?(思考作用)効きたくないから耳栓する(意志作用)と言うふうな一連のプロセスを心の中で包括的に見ている自分(=鏡、器、僕は川が好き(笑)) それだけが不変。絶対現在。他は皆、過去へ流れていっちゃう。

・・・難しいですね。

 あのですね・・・経験的にお話をすると、ちょー私見かつ簡単にいってしまうとですね、「ぐちゃぐちゃ言ってないで、静かに呼吸を30分以上しろ!」で、良いと思います。

 何かが分かります。行動が先、理解は後です。行動によって理解出来るのです。

 話は変わりますが、僕は、現在抗うつ薬はゼロです。その代わり、イライラ感やものすごいエネルギー感が有り余って困ってしまいました。いわゆる「軽躁」だと思います。

 早速、主治医と相談。強めの安定剤をごく少量飲んで仕事をして、ちょうどいいです。躁も鬱も困ります。

 主治医「おだやか君はね〜。。。そうね〜。。。今は、職場に嫌な人とかいないでしょう?」 
 
 おだやか「はい、いません。」
 
 主治医「おだやか君はね〜。。。嫌な人が出来たり、気になりだして不安、緊張、鬱になって働けなくなる。それが困るのよ。それを乗り越える強さを身につけなさい。」

 おだやか「先生、それって、どうやれば身に付きますか?(マインドフルネスだろがっ!!!)」

 主治医「そうね〜。。。まあ、経験ね。何事も。」

 経験ね。。。そうね、できれば1日2時間を落ち込みや後悔に使うのではなく、マインドフルネスの課題習熟に使いたい。それ理想。

 「うつ病が治るとはどういう事か?治るとはどういう意味か?」

  これは、この20年、特に寛解に入って再発し、休退職を繰り返して来たここ1、2年ずっと頭にあった問いです。

  この問いにぴたりと(私にとっての)答えが出ていた本はこれです。


うつ病の治療ポイント―長期化の予防とその対策うつ病の治療ポイント―長期化の予防とその対策
(2004/08)
平井 孝男

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 この本は今でもバイブルの1つ。

 しかし、本は本。

 「治るってこういう感覚なんだな。」という感覚を与えてくれたのは、マインドフルネスでした。

 あのですね、またまたちょー私見ですが、治っていても、治っていなくても、薬を飲んでいても、いなくても、自分の目標が実現出来ていれば「治った」と同義なんです。


 もう大丈夫。マインドフルネスを一生の友に、困難を乗り越えてゆけば良いのでしょう?

 そんな感じ。


 僕の目標はあと最低30年は8時間働き続けて家族を養うこと。
 
 僕の幸せは心の平穏。

時々ショック療法

 先週まで、外部監査対策のサビ残を平均2時間くらいやった。これを含めると8時間労働ピッタシになる。よく頑張ったと思う。

 マインドフルネス課題7「不快なことを受け入れる」を絶賛実施中。
 
 しかし、「いつかやって来るその時のために!」というものの、その「いつか」が具体的に一定頻度でやってこないと、強烈にストレスが掛かり危機的状況、急性ストレス反応(嫌なもんです、本当に。)がやってこないと、意外に、うつ病患者、不安障害患者で寛解中の人は「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ことが多く(と思う)、課題はこなしているが、効果を強烈に実感する場面に出くわさない。

 確かに僕も最近は調子が良かったし、減薬もどんどん進んでいた。

 「いつか」が今日やって来た。

 久々のお出ましだった。

 以下、マインドフルネス的に書くと、

 仕事中に嫌悪の感情を抱いているおばさんが栄養剤を裏で飲んでいたので、何でか今でもよく分からないんだけど、「それ効きますか??」なんて、仕事上では必要も無い雑談をこちらから仕掛けた。そのおばさんは耳が遠いので、怪訝そうな顔をして、「えっ?何?」って聞き返してくる?僕のマスク越しの声も小さかったのだろう、「いや、効くのかなあって・・・」おばさん「あ、これ?気休めよ気休め。買ったから飲まないとさ。」とそそくさとその場を去っていった。

 何が僕にとっての刺激源となったか?

 その嫌悪しているおばさんの聞き返して来る怪訝そうな顔と声色である。

 まあ、作用でなくて対象にフォーカスしてしまったという訳で、即座に自己洞察モードオートオン。呼吸法をしながら(吐く息を長くしながら)おばさんの顔と声色を恐怖に思う自分がいる。「顔、声色」(対象)を自分が「気にしている、不安に思っている、恐怖を感じている。」(作用)ということを心の鏡に映している(内奥の自己)でも同時進行的に仕事をしよう。(注意の分散、自分の目標実現に資する行動選択)窓からボーッと景色を眺めよう(注意の分散、視覚傾注法)ああ、ベンゾジアピン系抗不安薬も良いけどここはレスキューレメディーでやってみるかと、トイレにてスプレー数回噴霧。(自分の目標実現に資する行動選択)

 とまあ、こんだけのことをとりあえずやってみた。

 今でも、あのおばさんの顔と声色は内奥の自己に映っているが、朧げになって来た。段々と、急性ストレス反応は騒がなければ治まっていく。これでまた経験の知識(造語?)が増えた。
 
 マインドフルネル的記述ここまで。

 時々こういうの(急性ストレス反応)が無いと、「ああ、やっぱりマインドフルネスって凄いんだな」って課題をこなしていても強烈な実感がないのだ。(緩徐な実感は常にある。)

 でも、あまりに過剰なストレスが一気にのしかかるのも避けたい。そこから如何に逃げるかも立派な自分の行動選択の1つである。

 失敗もなく成功も無い。自分の選択に良いも悪いも無い。ただ、事象がそこにあるだけ。そこからまた学んでゆけば良い。

 大事なことはその行動、その言葉を起こす前にそれら(行動、言葉)が「自分の目標実現に資する」ものかどうか十分自己洞察することだ。まあ、とっさに出た言葉とか、とっさにとった行動を後から後悔するってパターンは中々、完全にはなくならないけどね。
 
 ただ、自分は目標実現のために最短距離をマインドフルに駆け抜けてるってことだけは褒めてあげても良いかなって思う。

 僕の目標は病気を軽くして、8時間働いて家族を守ること。
  
 僕の幸せは心の平穏。

不快なことを受け入れる

 今年の夏は去年に引き続き猛暑の予感がします。

 と、いうよりも温暖化、気象変動が確実に進行していることを肌で実感するのです。

 節電も心がけねばなりません。

 僕が子供の頃はクーラーなるものの存在すら知りませんでした。
「夜は冷えるから窓を閉めて寝なさい。」と真夏に親から言われたものです。

 夏の暑さを始め、どんな人にも程度の差はあれ、「不快なこと」が存在します。

 僕の場合をざっと挙げてみます。

 夏の暑さ、沸き上がる怒り、職場で嫌でも聞こえて来る愚痴諸々、自分のやりたいことが子供に中断される、子供に色んなものを破壊される(笑)、時間に間に合わないと焦る、気分が優れない、呼吸法をこなすのが辛い、夏バテだ、蚊に刺された、お金が無くて欲しいものが変えない等々・・・

 まあ、キリがありません(笑)

 不快なことが起きたら、まず、呼吸法をしながら、観察です。そして、その事象に名前を付けます。「暑い」「怒り」「愚痴」とかですね。

 そいでもって、それをしばらく、自己で見つめてみるんです。

 そいでもって、衝動的な紛らし行動に走らずに、「自分の目標実現のためにどう動こうか?」って考えます。それで、自分の意志で「よし動くぞ!」って決めて、実際に動いてみます。

 そいでもって、結果を吟味し、次へ生かします。
 後悔、否定の感情は起こしません。
 起こしたら、「後悔」「否定」の名前を付けて、短時間呼吸法をして、見つめて捨てます。

 僕は「結果の知識」を重要視しています。大学で「knowledge of result(KOR)」って習った気がします。(自分で作った言葉かもしれない。。。)

 書物の知識は行動に移し、得た結果を本当の知識とすべきだと思います。
「実践こそ全て」です。

 間違えてはならないのが「我慢」と「受容」の違いです。
「我慢」は、不快事象をひたすら耐えることですね。
「受容」は、不快事象に対して、自分の意志で建設的行動に移すことを言うと思います。

 「薬を飲む。」「その場を離れる。」「休む。」「諦める。」これらも、自分の自由意志で決意して、行動したならば、立派な「受容」だと言えると思います。問題は、それらを自分の意志で決意して行動したか?ということです。

 結果の知識を生かして、今を生きてゆけば良いんだと思います。

 まあ、言うは易し、行うはきよし。もとい、難し。といったところで、それすらも受け入れて、日々継続して実践してゆくことが最重要です。

 僕は、今、セッション7を勉強し終えたところです。


 僕の目標は病気を軽くして、8時間働いて家族を守ること。

 僕の幸せは心の平穏。

僕のコンプレックスとうつ病

 僕は頭が大きくおでこが広い面長である。しかも、あごがいわゆる「しゃくれ」だ。市販の帽子はキツい。多分、頭囲は60cm位だと思う。

 中学校位からそのことで、からかわれることがしばしばあり、自分でも自覚するようになった。そのコンプレックスを勉強で昇華(ごまかす)するような思春期を送ってきた。

 高校では如何に頭が小さく見えるか真剣に悩み、水泳帽を頭にかぶって、髪型を和田アキ子ちっく(笑)にして、通った。制服ではなかったので、服装もなるべく目立たない地味なものを選んだ。ある日、床屋に行った次の日にその髪型のことでクラスメートにからかわれ、パニックになって、担任に「具合が悪い」といって早退したこともある。
 
 東京での予備校時代も勉強に明け暮れていたのだが、前の席に座っていると頭の大きさのことを誰かが言ってるんじゃないかとか、床屋に行くと頭の大きい人だと思っているんじゃないかとか、とにかくそこに執着しながら、勉強していた。

 そのうちに、元々の内向的性格にそういった執着によるストレス、睡眠不足などが重なってうつ病発症となった(と思う)。
 
 今でも、床屋に行くのが嫌だし、床屋の次の日の職場の皆の反応や鏡が異常に気になる。しかし、100%職場での反応はない。いつも、取り越し苦労で自意識過剰なのだ。御歳37にもなって、何故、こんなことを気にするのか、自分も嫌になってくるのだが。

 僕が時々、拝読している「神経質礼賛」という、神経質を自認する「四分休符」先生のブログにも酬形恐怖的患者さんに「もっと悩み甲斐のあることを悩みなさい。」とアドバイスされるくだりがあるが、頭ではつくづくそうだよなあって思う。しかし、体が反応してしまう。自動思考だ。

 今日は床屋に行った次の日の出勤日の朝にこのブログを書いている。気にはなるが、自動思考は沸き上がるだろうが、勝手な妄想を起こすだろうが、騒がず、そのままに、自分を見つめて仕事をしようと思う。
 
 万が一にでも、他人から何か言われたら、その内容に振り回されずに、その聴覚や身体感覚と言った作用を、心の鏡に映しながら静かに吐く息を長くして仕事を続けようと思う。マインドフルネス的にはこんな心づもりでいる。森田療法で言うところの「恐怖突入」である。

 こんなことを床屋に行く度に気にしている。あ~~~恥ずかしい!!情けない男だ!!ワハハ!!自分を笑ってしまえ。
 
 いっそ、「おだやかさんって頭でかいし、おでこ広いし、顔長いですねえ!」って笑われてしまえば良いと思う。その時に「そうだね~、頭でかいんだよ。」って苦笑いでもすれば、このくだらない問題は少しでも片付くのかもしれない。

 思春期に読んだ、芥川龍之介の鼻という小説を思い出します。

 あ~恥ずかし。(苦笑)

 でも、僕は幸せだ。幸せということで間違いない(長井秀和風に)。
 
 古い・・・

 僕の目標は病気を軽くして、8時間働いて家族を守ること。
 
 僕の幸せは心の平穏。

 

欠勤 、幸せのかたち、 生きるよすが

ここ数日は、自分でも本当に良く頑張って来たと思う。
毎日、朝の気分の悪さを寝ながら呼吸法で落ち着けて、気分が悪いことを自覚しながらも、体を動かせば、何とか頭が回る状態なので、やって来れた。
波は来ていたのは自覚していたが、凌げていた。

今朝はうまくいかなかった。

寝ながら呼吸法を40分した。
悪い気分に呑み込まれる前に身支度や朝ご飯を食べる等、積極的に動いた。
しかし、心は落ち着いたと思ったら、また騒ぎだす。

僕が欠勤あるいは早退、遅刻の基準にしているのは、普段容易く決められることができなくなった時だ。

こういう時は休むことにしている。
その方が、後で長引かない。

それでも、出勤時間ギリギリまで悩んで(というか判断出来ない、決められない、頭が回らない、何と表現したら良いか・・・)全て支度までして、椅子に座って、「うーん・・・」とため息をついた。

それを見ていた妻が「今日は休んだら?」と言った。
「会社に行きたくないけど無理して行くぞっ!って顔になってる。こういう顔の時は休んだ方が良い。」と。

結局、その言葉で踏ん切りがついて会社に休む旨を伝えた。

何か、胸のつかえがとれた。

少しでも何かしようと思って、コーヒーを2人分入れて、妻と暫く話をした。

久々に、普段しない社会学談義をした。
良い時間だった。

僕たちの両親はいわゆる団塊の世代。
高度経済成長の勢いに乗って、働けば働く程、収入は右肩上がりだった。
出世という考えが毛頭ない親父だが定年まで勤め上げて、相応の退職金も支給され、さらに今は、市の嘱託職員である。
お袋はずっと正社員で働いて来たが、親父との結婚を機に、パートに切り替え、今でも働き続けている。というか、雇用があるのだ(謎)
妻の実家は自営業。家族で小さな会社を経営していて、両親ともに今も仕事をしている。

どちらの家庭も、年に何回か国内、海外と旅行を満喫している。

「こんなに働いていたら、人生が終わっちゃう、楽しまなきゃ。」とお袋はぼやくが、僕から見ると、随分と人生を楽しんでいるように見える。

「そりゃ、そうでしょ、今まで貴方のことで散々苦労して来たんだから。」と突っ込まれそうだ。

我々の両親は、リタイアした先に健康な身体でゆとりの時間がある。豊かさを満喫する時間がある。少なくとも物質的に。精神的にもそうかもしれない。それは、個々の考え方や信念、価値観による。

何時の時代も働き続けるということは大変なことだが、団塊の世代は苦労した分だけ報われるものがあった。労働の対価としての見合うだけの報酬があった。それがまた、生活を豊かにし、もっと物質的に豊かになりたいと、働くモチベーションになる。日産スカイラインを買った。土地を購入して、マイホームを手に入れた。2人の子供たちにそれぞれが希望する教育を与えてくれた。

今の自分たちには考えられない。

僕は生きるために仕事をしている。
働かないと生きてゆけない。
これがきっと老後まで続くのだろう。

妻は「何かね、こうやって日々の日常に追われて、働いて働いて、それで、寿命が尽きてなんて・・・一体、何のために生きてるんだろうってね・・・泣けて来ちゃう。」といって涙を流した。

団塊Jrが生きる時代は、まさしく、生きるために働かなくてはいけない時代だ。

私たちの娘、すなわち、団塊JrJrの時代はどうなっているんだろう・・・

話は逸れるが、僕は真っ直ぐな性格をしていると思う。妻も真っ直ぐな性格だ。世渡りが下手だ。人にこびへつらったり、演じたり、そう言うの全く出来ない。
でも、娘にも真っ直ぐ育ってもらいたい。
愚直なまでに真っ直ぐで良い。
それで、生きづらさを感じても、それを受け入れて、自己評価を相応に持って生きていって欲しいと思う。

閑話休題。

こんな時代に追い討ちをかけるかのような天災に人災。
頑張れ日本!頑張れ東北!とか・・・

僕らはもう頑張ってると思う。
これ以上頑張れというのは、少なくとも僕には無理だ。


大切なのはこの時代に適応するように考え方をチューニングすることだと思う。
僕はうつ病を患ったお陰にその考え方のスキルを手に入れた。

心の平穏を自分の幸せの基準に据える。

「はちみつさん」も書いているが、これからの日本を生きるにはマインドフルネスは有用な考え方のスキルだと思う。

僕はリタイアした時が寿命くらいに考えている。
妻はそれを「悲しい」というが、僕は今ではそうは思っていない。

ただ、この時代の日本を生き抜くということだけだ。

惨めとか悲しいとか言う感情はもう忘れてしまった。

今が幸せだと思えるから良いのだ。

過去に色んなことがあった、未来も色んなことがあるだろう。
でも、今が幸せだから、今を生きていれば未来もきっと幸せなのだ。
心さえ平穏であればそれで良い。

そうやって、明日からまた頑張ってゆくんだ。

僕は幸せだ。

午後は散歩にでも行こうかな。

僕の目標は病気を軽くして、8時間働いて家族を守ること。
 
僕の幸せは心の平穏。
プロフィール

おだやか

Author:おだやか
 双極性障害Ⅱ型、社交不安障害、高機能自閉スペクトラム症との共生の記録。

 SIMTと社交不安障害に対する認知行動療法を実践しています。

 自分の回復と生活を妨げない程度に更新予定につき、ご了承ください。
 

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